京都アニメーションへの想い

京都アニメーションさんを襲った不幸な事件から約2週間が過ぎました。
正直、自分の中でも何をしたらいいのか、考えあぐねている部分があります。
何をしたとしても、失われた方の命は戻らないし、ケガをされた方の中には、完全に回復することが叶わない方もいるかもしれません。何より、深く負った心の傷は、癒えることが難しいでしょうし、もし癒えることがあったとしても、あの事件が起こる前とは、決定的に何かが違ってしまっているでしょう。
僕たちアニメファンの側にとっても、もうあの事件のことを切り離して京アニ作品を見ることはできなくなってしまったかと思うと、残念でなりません。
とはいえ、いつまでも下を向いているばかりではいけないこともわかっています。
こういった時に、前を向いて生きていこうと思える力も、京アニ作品から受けとったことの一つではなかったかと思うからです。(ヴァイオレットは愛する少佐を失っていますし、たまこもお母さんを亡くしている。あの二篇は失ったものに対してどう向き合うかを教えてくれた作品でもあったと思うのです)


Twitterでは、京都アニメーションが被害を受けたことについて、アニメファンが何故それほど深い哀しみに襲われるのか、京アニの素晴らしさを解説するような記事を、よく見かけるようになった気がします。
失ったものがいかに大きなものであったかを述べることで追悼の意を示すのは、よくあることなのではないかと思い、自分も、僕にとって京都アニメショーンさんがどんな意味を持つものであったのか、その想いを綴ってみることにしました。


僕と京都アニメーションさんとの出会いは2012年に放映された「氷菓」でした。
もともと米澤穂信先生や〈古典部〉シリーズのファンで、確か「氷菓」アニメ化の第一報は米澤先生のTwitterで知ったと記憶しています。
ネットでは「『あの』京都アニメーションが『氷菓』をアニメ化する」と話題になっていましたが、深夜アニメをほとんど見なかった僕には「あの」の意味するところは全く分かっていませんでした(ちなみに深夜帯でないアニメはそれなりに見ておりまして、エヴァンゲリオンにはまりましたし、細田守監督の『時をかける少女』や『サマーウォーズ』も大好きです)。その後「涼宮ハルヒの憂鬱」や「けいおん!」を制作した会社だということは知りましたが、当時の僕はハルヒを小説では読んでいても、アニメでは見ていなかったのです。
それまでも好きな作品の実写化・アニメ化の経験がなかったわけではありませんが、がっかりするような内容であることも多く、アニメ化を知っても正直「すごく楽しみ!」とは思っていませんでした。「まあ、せっかくだから最初の方だけでも見るか」程度の認識だったと思います。


そんな状態だったのですが、実際に放送が始まると、すっかりアニメに夢中になってしまいました。
毎週リアルタイムで見るだけでは飽き足らず、その後に録画を見直し、原作小説を読み直し、2chの考察スレを読んで、時には自分の意見を書き込み、そうこうしているうちに次の週の放送が来てしまうという……、非常に忙しい日々でした(笑)。
京アニ作品のクオリティを表現する時に「絵の美しさ」が真っ先に挙げられることが多いのですが、僕が最も感銘を受けたのは、演出としての絵の使い方であり、また、原作の良さを少々味付けしながら掘り起こす、その再構成力だったと思います。
〈古典部〉シリーズは、アニメ化する以前にも何度か読み返し、自分でもそれなりに理解しているつもりでいたのですが、アニメを見る度に「あれ? こんなシーンあったかな?」と思うような場面があり、原作を読み返してみると確かにそういう描写がある。自分が見逃してしまった情報を的確に拾い、それを再認識させてくれることが度々あることが驚きでした。また、京アニさんの演出が、自分に作品の内容をより深く理解させてくれた側面もあります。
その辺りのことは、放映当時に僕が書いたブログにくわしく書いてありますので、そちらの方もご覧下さい。


氷菓02
http://sa-akira.cocolog-nifty.com/hamidashinote/2012/07/02-4852.html


ともあれ、僕は京アニの「氷菓」にすっかり夢中になり、「小説はアニメ化や映画化しても原作が一番!」という考えを捨てるに至ったわけです。そして「氷菓」(と同じ年に放映されたP.A.WORKSの『TARI TARI』)をきっかけに、毎クール何作品かのアニメを見る、いわゆるアニメファンとしての生活に足を踏み入れることとなりました。


さらに、いわゆる「聖地巡礼」を始めたのも「氷菓」がきっかけでした。〈古典部〉のファンだと言う割には、僕は米澤先生が高山のご出身であることも、〈古典部〉がもともと高山をイメージして書かれた作品だということも知りませんでした。高山には、別のきっかけがあって「氷菓」を見始める前に三回も行ったことがあったにも関わらず、です。すでに高山の景色には慣れ親しんでいたため、アニメを見始めてすぐ、オープニングの段階で高山が舞台だということに気づきました。
初めて「聖地巡礼」として高山を訪れたのは、第12話が放映された後の7月でした。その翌年の「生きびな祭り」も見に行きましたし、スタンプラリーなどのイベントにも参加しました。その後も年に数度という頻度で高山に通うようになり、それは今でも続いています。
「TARI TARI」「ハイスクール・フリート」「宇宙よりも遠い場所」など、「氷菓」以降にも好きな作品に次々と出会うことができ、「聖地巡礼」をするのが当たり前の感覚になってしまいましたが、そのきっかけは「氷菓」にあったというわけです。


また、作品のファン同士の結びつきが強いのも、アニメならではの傾向ではないかと感じています。もちろん小説のファン同士のつながりもなくはないのですが、少なくとも僕の場合、米澤先生のファンの方の多くとTwitterでつながるきっかけとなったのは「氷菓」のアニメ化でした。
小説の場合、作品が発表されて読む場合もあれば、しばらく経ってから読む場合もあります。ともすれば、何年も経ってから読む場合もあるでしょう。それはそれで小説の良さでもあると僕は思うのですが、それに比べるとアニメは「共時性」の強い媒体です。
アニメファンの文化の一つに、放送を見ながら場面や台詞や感想をつぶやく「実況」というものがあります。同時に同じ作品を大勢で楽しむ感覚というのは、小説にはなかったものです。同じ時間に同じ作品についてツイートすれば、それが目に入る可能性も高くなります。特にTwitterの場合には、タグやリツイートを使うことで共感できる発信に触れることができる機会が非常に多くなります。
先ほど触れた聖地巡礼の場で知り合った方もたくさんいます。僕は五十代前半の男性ですが、ここ数年プライベートで知り合いになった方の八割方はアニメ関連(先ほど挙げた作品も含めて)が縁となった方です。


ここまで読んでいただいた方にはお分かりいただけると思うのですが、僕は「氷菓」に出会うことで、アニメに対する関わり方も、行動範囲も、人間関係も、何もかもが大きく変わることになりました。比喩や誇張ではなく、人生を変える作品だったと言い切ることができます。たぶん良い方向に。


そして、「氷菓」以降の京アニ作品も「全て」とはいきませんがたくさん拝見しており、特に「たまこまーけっと」と「響け!ユーフォニアム」の二作品には「氷菓」に負けないくらい深い愛情をいだいています。


あの事件が起きる直前、「響け!ユーフォニアム」の続編が制作されることが発表されました。まだテレビシリーズなのか、劇場版なのかもわからない段階ですが、それでも「また次がある」ということが、本当に嬉しかったのです。
現時点ではまだ、どなたがどんな形で被害に遭われたのか、京都アニメーションさんから公式の発表はありません。つらい現実を認識することになるのは、これからが本番なのかもしれません。今後の作品については、当然、予定の組み直しがあるでしょう。
それでも、いつか京都アニメーションの新しい作品を見られる日が来ることを信じています。

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『劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~』

『劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~』、公開2日目の4月20日に、横浜ブルク13の舞台挨拶回で見てきました。
以下、テレビアニメシリーズや「リズと青い鳥、原作小説のネタバレを含みますので、ご注意下さい。

 

今回の注目はなんと言っても、新入生の久石奏! 個人的には夏紀先輩と奏のエピソードが好きなので、ちょっとなつかな成分が足りなかったかなと思いますが、奏の声と表情は期待以上でしたし、他にもたくさん良いところがあった(やや詰め込み過ぎな感はありますが)ので、総合的には大満足の映画でした。
では、以下、各項目ごとに。

 

■なつかな
夏紀先輩、希美を部に復帰させようとしてた辺りから好きなキャラだったんですが、「波乱の第二楽章」(原作)のオーディションのシーンで完全に惚れましたね。あの激しい怒り方が好きだったんで、今回のアニメの描き方が大人しく感じてしまったくらいです。怒りの内容も、決して奏のためじゃなくて、自分のプライドの問題だっていうのも好きです(他のアニメの話ですが、よりもいのシンガポール編で報瀬が日向に言う台詞も同じような意味で好きですね)。夏紀先輩に関しては、その後「リズと青い鳥」でちょっと中性っぽい男前な描かれ方をしまして、それもまた良かったですね。
で、夏紀に懐いた奏が、自分の本音を隠さなくなった後のやり取りが好きなので、そこが大幅に削られたのは、やっぱり物足りないですね。「リズと青い鳥」オマージュの「ハッピーアイスクリーム」のインパクトくらいじゃ、誤魔化されてあげないぞ! くらいには思ってます。
一方、久石奏ちゃんですが、小柄で可愛らしいボブカットの女の子という時点で某狼少女を彷彿とさせるのですが、あざとさを武器に本音を覆い隠そうとしているところまで似ています。某狼少女の偽装が割と完ぺきなのに対して、奏ちゃんは久美子先輩と夏紀先輩に仮面を剥がされちゃうところが可愛いです(ちなみに某狼少女が分からない人は、米澤穂信先生の『春期限定いちごタルト事件』を読みましょう。なお、某狼少女も某狐の少年の前では本音を見せるところが可愛いですね)。
原作を読んだ時点で既に推しキャラだったのですが、アニメ化にあたって声優さんが雨宮天さんだと分かってさらに期待が膨らみました。「一週間フレンズ。」の藤宮さんや「ハイスクール・フリート」の知名もえかなど、ヒロインタイプの役が多いですが、「この素晴らしい世界に祝福を」のアクアみたいなタイプも演じられる幅の広い声優さんです。可愛いところは徹底的に可愛く、その一方で巧妙に隠された毒や戸惑いを、きっと演じてくれるだろうと思っていたのですが、期待以上に素晴らしかったです。最初は「どんな演じ方をするのかなぁ」という、いわゆる声優ファンとしての聞き方をしていたのですが、いつの間にか「雨宮天」ではなく「久石奏」の声として聞いてましたから。

 

■優子先輩マジ天使!
デカリボン先輩こと吉川優子ほど、毀誉褒貶の激しいキャラはそうそういないんじゃないでしょうか。序盤は麗奈に対する完全な敵役として登場し、「なんだコイツ!」と思われていた(少なくとも僕は思ってました)のが、どんな気持ちで香織先輩を応援していたのか、その本音が見えてくるころから「コイツほんとはいいヤツなんじゃ」感が漂い始め、部長になってからはみんなを引っ張る熱量に圧倒されるようになりました。麗奈をして「優子先輩は有能やと思いますけど」と言わしめてるくらいですからね。
今回の劇場版でも、冒頭の「全国大会金賞」という目標を掲げる場面とダメ金発表の後の名演説はさすがでしたね。原作では、最初に元気な姿を見せておいて後で秀一に泣いていたところを語らせるという描かれ方でしたが、アニメではストレートに最初に泣いてる場面を見せてからのそんな素振りを微塵も見せない演説という流れでした。しかも、泣いてる彼女を後ろで支えてたのが夏紀先輩ってところがいいですよね。アニメでは描かれませんでしたが、プールでの浮き輪膨らませ競争のところ、二人の掛け合いが凄く好きなんです。

 

■みぞ先輩の存在感
「リズと青い鳥」は劇場で15回見ました。「第二楽章」を読んでた時には「なつかな」にばかり目が行って「のぞみぞ」はそれほど盛り上がってはいなかったんですが、「リズと青い鳥」で、もう完全に「みぞ先輩大好き」になってしまいましたね。
僕は「響け!ユーフォニアム」はリアルタイムでは見ていなくて、確か種﨑敦美さん(はいふりのメイちゃんで知った)がみぞれを演じることになって、そのみぞれが劇場版に出てくる(台詞はないけど演奏シーンで)ということを聞きつけて2016年5月末に劇場版を(TVシリーズを見る前に)見に行ったという覚えがあります。
今回みぞれは台詞が一つもなくてクレジットにも種﨑さんの名前がないんですが、画面上での存在感は凄かったですね。「リズと青い鳥」の演奏シーンはもちろんですが、サンフェスの場面で謎ステップしてたり、あがた祭りの場面で射的してたりとあちこちで活躍しています。2回目・3回目を見に行く時には、他にもみぞ先輩がいないか確認してきます。

 

■圧倒的演奏シーン
今回の劇場版で期待していたことの1つが「リズと青い鳥」の演奏シーンです。希美が「完璧に支えるから」と言っていた、完成版の演奏が、どのくらい聴けるかな……と。第1楽章から第4楽章までフルに聴くことができて嬉しかったです。のぞ先輩もかっこよく出てきましたしね。
今回の演奏シーン、広角の画角で遠近感を強調した描き方が多くなかったですか? 京アニの絵って、どちらかというと望遠的な圧縮感のある絵が多い気がしていたので、少し意外でした。
演奏に凄く引きこまれていたので、演奏が終わったところで思わず拍手しそうになり「あ、これ映画だから拍手したらまずいじゃん」と思ったくらいです。横須賀の追加公演で「リズと青い鳥」聴いたことも影響してるかもしれませんが。

 

■梨々花ちゃん
「リズと青い鳥」で注目をあびた、味ついてて美味しい後輩・梨々花ちゃんも、ちょっとだけ登場してました。実は「リズと青い鳥」を最初に見た時に、梨々花ちゃんのキャラ、なんか原作と違うような気がして違和感あったんですよね。その理由の一つが、圧倒的な「りりかな」不足ですね。梨々花ちゃんは「リズと青鳥」、奏ちゃんは「誓いのフィナーレ」と、サブヒロインを演じる舞台が違ってしまったために、彼女たちを並べて描くことがあまり出来なくなってしまったということで残念です。

 

■ひでくみ
これまでアニメではかなり冷遇されてきた秀一くん。最初のシーンでいきなり登場して、やったな! と思いました。秀一と久美子の恋愛要素は今までアニメであまり描写されてこなかったので「無かったこと」にされやしないか心配だったのですが、今回は割と恋愛要素ありましたね。もっとも久美子と秀一が付き合ってる期間、短くされちゃいましたけど。原作で、麗奈が久美子と秀一をくっつけようとしてるの割と好きなので、今回、麗奈と秀一の会話があったのも良かったです。

 

■聖地巡礼
今年3月に初めて京都・宇治に聖地巡礼に行きました。TVシリーズは通して1回見た程度だったので、忘れてる場面も多く、遅い昼食を食べに何気なく入ったサイゼリヤが、もう一度見返してみたらかなり頻繁に登場していることが分かって、結果的に聖地巡礼になっていたりということもありました。なので、今回の映画を見ている時には、登場人物がどこをどう歩いているのかかなり分かったので、嬉しかったですね。今回の劇場版にもサイゼリヤが登場していたので、次に行った時には奏席でドリアを食べようと思います。

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映画「氷菓」

12月5日(日)横浜のブルク13で映画「氷菓」を見てきました。
このブログの記事を見ていただけると分かりますが、僕はもともと原作小説のファンで、2012年に放送されたアニメ「氷菓」も見ておりますので、それらとの比較という点を中心に感想をまとめてみました。
小説版、アニメ版、実写版のいずれの内容にも触れておりますので、ネタバレにはご注意下さい。


好きな小説が実写映画化・アニメ化されることについて、以前の僕はあまり嬉しく思っていませんでした。「氷菓」のアニメ化の時も、最初はメインビジュアルのポスターを書店で見かけて「古典部の4人が揃って下校? ありえん」とか思っていたものです。しかし、実際にアニメを見てみると、その出来はとても素晴らしく、それ以降、むしろアニメ化を歓迎すべき事態として捉えるようになったくらいです。
なぜ実写映画化・アニメ化に不満があることが多いかというと、時間的な制約から台詞や説明や場面そのものが省略されることが多く、下手をすると大きく改変されてしまうこともあるからでしょう。
アニメ「氷菓」良かったのは、場面や台詞の取捨選択の的確さ、動きや音声や音楽など「アニメならでは」の演出、改変した場合もその狙いが明確でむしろ作品の味になっていたことだと思っています。
今回の実写化に関しても、何かしら「映画ならでは」の部分があるならば良いなぁと思っていたのですが、試写会に参加された方や初日に映画を見た方の感想で、その「ならでは」の部分があると分かっていたので、かなり期待して臨みました。


今回の映画の一番の特徴は、えるの失踪した伯父「関谷純」にスポットを当てたことです。もの凄く省略した説明をしてしまうと、「氷菓」は失踪した伯父がまだ幼かったえるに伝えた言葉を探る物語です。もちろん、その推理が成功して物語が終わるわけですが、それはえるにとっても「過去を思い出すこと」であり「伯父の死を受け入れるための儀式」であり、それ以外の人にとっては「過去にそういうことがあったという事実の確認」に過ぎなかったのではないかと思っています。唯一、奉太郎だけが関谷純の苦しみに共感したのであり、だからこそ「氷菓」のタイトルに込められた意味に気づけたのではないかと。
しかし、この映画では「現在の視点」から過去の事実を紐解くという描き方だけではなく、当時のできごとを再現する映像を入れることで、関谷純の無念さを、そこに見ている人が共感できるような形で描きました。しかも1960年代の学生運動の実際の映像を入れることで今となって(特に若い人には)分かりづらいであろう当時の雰囲気も伝わりやすくなっていたと思います。これは「実写」でしかできないことです。


そして、関谷純の悲劇性を高めるために、さまざまな原作からの改変を行っています。
その1つは、関谷純の学生運動における役割を変えたことです。原作では、具体的な行動が書かれているわけではありませんが「名目上のリーダー」だとされています。「名目上」ではあれ「リーダー」という立場ではあったわけです。しかし、映画では「冤罪」とされており、理不尽さが増すことによって悲劇性が強調されました。2つめは、その「冤罪」を産むきっかけとして関谷純と糸魚川先生の間にエピソードを追加したことです。「優しい英雄」という原作にもある言葉を補強する形で、「優しい」に具体的な肉付けを行ったわけです。このエピソードは、冤罪を産むきっかけという実利的な部分だけではなく、糸魚川先生の罪悪感を強めるという心理的な意味も産みました。そのため、原作ではなぜ無くなったのか説明されていない「氷菓」創刊号は、彼女が真実を隠すために隠匿したことになっています。創刊号に何が書いてあったのかは説明されていないので、彼女が何を具体的に隠したかったのかは不明ではあるのですが。「氷菓」第二号にあった「憶えていてはならない」は原作では「偽りの話であるから」という意味だと思うのですが、映画では「忘れたいことだから」という意味も含むことになるわけです。その辺りの葛藤も映画の見せ場になっており、映画のラスト近くでは、それまで図書室に置いていなかった「氷菓」を、創刊号も含めて、糸魚川教諭が図書室に並べている姿が描かれています。それは「氷菓」に込められた関谷純の無念を彼女が改めて認識し、「忘れてはならないこと」「伝えなくてはいけないこと」と考えを改めた結果なのでしょう。
ちなみに「氷菓」第二号の序文(僕はこの序文がとても好きなのですが)の最後の一文が削除されていました。「いつの日か、現在の私たちも、未来の誰かの古典になるのだろう」という一節です。糸魚川先生が(これを書いた当時は郡山養子ですが)「憶えていてはならない」と考えたのであれば、「現在の私たち」は未来に残さないわけで、「古典」にはなり得ないだろうという考えからの改変なのではと思っています。


僕はこれらの改変が悪いとは思っていません。
先に書いたように「映画ならでは」の部分がないと、すでに十分な高評価を得ている作品を別の媒体で作り直す必要がないからです。そういった意味では、映画「氷菓」は十分に存在価値のある作品だと感じました。


ただ、見終えた後に多少の違和感があったことも確かです。
原作では、奉太郎が糸魚川先生に「俺が訊きたいのは一つです。関谷純は、望んで全生徒の盾になったんですか」と訊いてから先生の話が始まったのですが、映画ではその台詞(改変されてたかも)が糸魚川先生の話の後になっていました。そのため、奉太郎の推理がほぼ真実を言い当てていたことも、彼が何を知りたくて糸魚川先生を訪ねたのかもわかりにくくなってしまったようです。
僕は映画館でそのシーンを見た時に少し違和感を覚えました。そこまで関谷純の気持ちがわかっているなら、今更そんなことは聞かなくてもわかるだろう、という違和感です。
映画では、観客も、登場人物たちも関谷純に感情移入している場面なのに、そこであえてそれを聞くのは妙だなと思ったわけです。
原作では、糸魚川先生は過去を語る時に感情を見せていません。それは描写されていないという意味ではなく、感情を見せていないということが奉太郎の視点から何度も確認されているのです。そして、「氷菓」というタイトルに関谷純が込めた意味も、糸魚川先生や古典部のメンバーに気づかないことに奉太郎がいらだちを覚える場面もあります。そういう意味では「氷菓」は「口に出来なかった思い」「伝わらなかったメッセージ」の哀しみを描く作品でもあるわけです。
これは、後に続く〈古典部〉シリーズでも同様で、この作品の根底にあるテーマなのかとも思っています。
伝えたい気持ちを伝わるように描いたことで伝わらないもどかしさが前面に出なくなってしまったという点に、やや皮肉なものを感じないではありません。


他に奉太郎とえるのキャラクター性とか、細かい変更点の効果とかも書きたかったのですが、やや長くなりすぎましたので、またそれは次の機会に。

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「この世界の片隅に」

11月14日、立川シネマシティの「極上音響上映」で鑑賞しました。
立川シネマシティさんの告知ページはこちら
公式ホームページはこちら


戦前から戦中にかけての広島を舞台に、広島から呉に18歳で嫁いだすずさんを主人公にした物語です。
時代と舞台を考えれば、当然、戦争も原爆も描かれることになるわけですが、この映画が戦争を描くための映画かというと、そうではないと思います。
物語はすずさんの幼少期から始まり、昭和初期の広島市の人々の暮らしがていねいに描かれます。日常の仕事、家族や親戚との関わり、幼なじみの男の子。そして、そのすずさんが18歳の若さで呉に嫁ぐわけですが、嫁ぎ先での生活、親族との軋轢、ご近所とのつきあいなど、様々な場面が登場します。
映画を見ている間、自分もすずさんと一緒に昭和初期の呉で生きているような、そんな気持ちにさせられました。
なぜなら、この物語はすずさんの世界を、まるごとそのまま写し取ったような大きさを持っているからです。家族の話、恋愛の話、絵の話、町の話、戦争の話、そういった様々な要素を全て含んでいるのです。
そして、その時々のすずさんの素直な心情の吐露に引き込まれ、彼女のことをとても愛しく感じることができました。すずさんの声を演じたのんさんの演技が愛らしかったことも大きな要素かもしれません。そして、彼女を愛しく思えるからこそ、彼女の喜びも寂しさも怒りも悲しみも、受け取ることが出来る。そんな映画でした。


戦争を描いた映画というと、悲しさや悲惨さばかりが描かれるという印象があります。もちろんこの作品でもそういう部分は描かれていますが、それ以上に、嬉しさや楽しさも描かれているのです。それは、戦争を描いた場面でも同様で、例えば、呉を襲った米軍機を迎撃する紫電改が描かれる場面があるのですが、そこではその機体の開発に関わったすずさんのお義父さんが「わしらの2000馬力がええ音出しとる」と、自分たちの技術を誇りに思う場面があります。また、食糧難の時代に、道ばたに生えている草をあつめて、なんとか食卓に彩りを添えようと頑張るすずさんの楽しそうな姿も描かれます。
それはある意味、非常にけなげな場面で、人はどんな苦しい状況でも幸せを見つけて生きることができるということを訴えている面もあると思うのですが、苦しい状況に追い込まれた人間は、その苦しさに気づかずに、それを当たり前のものとして捉えてしまうという怖さも描いていると思うのです。そして、戦争の中の日常を描くこの映画が、その恐ろしさを意図的に描こうとしいているのだ、ということをくみ取れる場面もありました。


今の時代も、そこに飲み込まれてしまっている我々には気づかない(あるいは気づいているのに流されてしまっている)歪みがあるのではないか。そんなことも考えさせられる映画でした。


最後に、少し明るい話も。僕は最近「艦隊これくしょん」というゲームを始めたのですが、この映画にも駆逐艦や巡洋艦、戦艦の名前がいくつか出てきます。少し前の僕なら大和くらいしかわからなかったと思うのですが、青葉や利根の名前が出てきて嬉しかったことも追記しておきましょう。

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東北旅行記04

最終日。今日はお昼過ぎには仙台を出発しなければなりません。あまり多くの場所は回れないので、やはり「桜の下で待っている」の舞台になっている瑞鳳殿に行くことにしました。瑞鳳殿は、初代仙台藩主・伊達政宗公の墓所で、市内を循環している観光バス、仙台るーぷるで十分ほどの距離にあります。
仙台るーぷるのバス停は、瑞鳳殿へと続く急な坂道のすぐ下にありました。坂道を登る人に無料で貸し出される杖が置かれた駐車場の横を通り、坂を上り始めます。坂道が石段に変わる辺りで、瑞鳳殿へ登る石段と、下ってくる階段の分かれ道がありました。「桜の下で待っている」では、主人公の男性が中学時代の同級生と偶然に行き合う場面があるのですが、その場所はこの辺りなのかなと考え、写真を数枚撮影。後で本を確認したところ、行き合うのは石段に入る前で、もう少し下の方でした。足を運ぶ前に確認しておけば良かったと後悔したのですが、後の祭りです。
高い杉の木立に囲まれた長い石段を上りきると、そこが瑞鳳殿の入り口。料金を払って中に入ります。ちなみに「桜の下で待っている」の同級生は、妊娠して安定期に入った後の運動に瑞鳳殿の階段を散歩しているという設定なのですが、有料のエリアを通らなくても、料金所のわきにある細い道を通って先に進むことができるようになっています。
そこから先は死者の世界と言われる涅槃門をくぐり、さらに石段を登ると拝殿があり、その前には梅が咲いていました。梅の写真を取っていると、ボランティアのガイドの方が、この梅は臥龍梅と呼ばれ、朝鮮出兵の時に伊達政宗公が母親に見せるために持ち帰ったものと云われている、という話を聞かせて下さいました。
平日で他の参拝者が少なかったこともあり、ガイドの方が随分とたくさん説明して下さいました。瑞鳳殿の場所は政宗公の遺言で指示されていたこと。政宗公が亡くなったのは江戸の上屋敷であること。死因がガンであったこと。重い病気を押して家光公に拝謁し、病状を心配されたこと。遺体は防腐処理をされて江戸から仙台まで運ばれ、駕籠のまま地下の石室に安置されたこと。瑞鳳殿は戦災で焼失し、現在の建物は戦後再建されたものであること。現在拝殿と瑞鳳殿の間にある礎石は、昔の拝殿のもので、前は拝殿と瑞鳳殿が隣接していたこと。その当時は拝殿からしか参拝できず、瑞鳳殿のすぐ前に行くことはできなかったこと。再建の際に石室の調査が行われ、政宗公の血液型や身長も調べられたこと。政宗公の像は本人の希望により両目が開いたものになっていること。瑞鳳殿の両脇にある石灯籠は、政宗公の死にあたって殉死した家臣のものであること。などなどです。こうして色々な話を聞くと、歴史上の人物である政宗公に、親しみがわいてきます。
ガイドの方にお礼を述べ、瑞鳳殿に参拝した後、資料館ものぞき、瑞鳳殿を後にします。そして、少し離れた場所にある二代忠宗公の感仙殿、三代綱宗公の善応殿へも参拝。こちらは、二棟が並んで建っています。

再び長い石段を下り、バス停へ。少し離れたところに駅に向かう路線バスのバス停があったのですが、まだ時間に余裕があるので、仙台るーぷるに乗って市内を一回りして帰ることに。観光バスなので、市内の観光名所の案内を車内放送で流してくれるので、乗っているだけでも観光気分に浸れます。
印象に残ったのは、やはり仙台城でしょうか。仙台城へ向かうバスは、かなり急な坂を登っていきます。バスのアナウンスでも「山城」と紹介されていました。「中世=山城」「近世=平城」というイメージがあったので、少し意外でした。また、市内を流れる広瀬川を何度も横切りますが、僕は「青葉城恋唄」をリアルタイムで聴いている世代なので、なんとなく懐かしい気分になります。

仙台駅に戻り、昼食を食べてから列車に乗ろうと思っていたのですが、駅ビル地下の食堂街に行ってみるとどのお店も行列ができており、列車の時間に間に合わない可能性を考慮して、駅弁を購入して列車に乗ることに。駅構内に全国の駅弁を扱うコーナーがあり、大船軒の「鯵の押し寿司」も販売されていました。せっかくなので地元の駅弁をと思い、吉田屋という駅弁屋さんの「復幸炙りかきとうにめし」を購入(後で調べたら、仙台ではなく八戸の駅弁屋さんだったのですが)。僕は生牡蠣はあまり好きではないのですが、炙ったかきと、かきのエキスで炊きあげたご飯はとても美味しかったです。
列車に乗ってしまえば、後は帰るだけ。ポメラを使って今回の東北旅行の記録を書いたり、TwitterのTLを読んだりしていました。福島・郡山・黒磯で乗り換え、後は上野までという予定だったのですが、古河駅でとなりのホームに停車している湘南新宿ラインを見たら、かなり空いていたので、久喜でそちらに乗り換えました。古河駅は始発駅ではないですし、乗り換え時間が2分しかなかったので、乗り換えはしない予定だったのですが、僕の乗っていた列車は快速列車だったので、久喜駅では9分の乗り換え時間がとれました。これで、後は最寄り駅まで一本です。

「桜の下で待っている」の舞台探訪が今回の旅のメインテーマだったのですが、この本に対する愛着がますます深まりました。
「現地に行かなくても、小説の描写で十分味わえるのでは?」という考えもあるかもしれませんが、僕は漫画でもアニメでも映画でも、好きな作品の舞台には実際に行ってみたくなるタイプの人間です。それは、作品の描写の不足を現実で補う作業ということではなく、物語世界の中に自分の身を置く感覚を味わいに行くことなのだと思っています。
そして、もう一つ。復興の途上にある東北の姿に触れたことは、非常に強く印象に残っています。無論、現地の方々や震災直後から被災地に関わってきた方々からすれば遅すぎる訪問かもしれませんが、自分が飲み込まれ過ぎないような距離感を保つには、ちょうどよい時期だったのかなとも思っています。「もう五年」なのではなく「まだ五年」なのだということが、実感できた旅行でした。

posted by (C)akira

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東北旅行記03

3日目の朝、まずは花巻駅で「ハルチカ」のカット合わせの写真を撮影しました。カット合わせ用のスクリーンショットは、昨晩ネットで検索しました。全部のカットが見つかったわけではないので、そこは曖昧な記憶を頼りに。
その後はバスで宮沢賢治童話村・宮沢賢治記念館へ。ここも塩屋埼灯台やマルカンデパートと同様に「桜の下で待っている」の舞台になった場所です。
宮沢賢治は、僕もある程度は読んでいるのですが、童話系では僕はどちらかというと芥川龍之介の方が好きで、宮沢賢治は象徴的すぎるように感じてしまって「大好き」というほどではありません。
ただ、「桜の下で待っている」もそうですが、「文学少女」シリーズの「〝文学少女〟と慟哭の巡礼者」や「ビブリア古書堂の事件手帳」でも宮沢賢治の作品が題材となっていて、そこで語られる賢治の作品というのはすごく魅力的に見えるのですよね。
花巻駅から宮沢賢治記念館まではバスで20分ほど。朝早かったせいか車で観光する人が多いせいか、そのバスを利用して記念館に行ったのは僕一人だけでした。
最初にバスの中から見えたイーハトーブ館という場所に行きました。ここは宮沢賢治に関する書物を閲覧できたり、講演会を行うホールがあったりする施設のようです。今日はそこまで長い時間はいられないので施設内には入らず、イーハトーブ館から記念館へ続く「ポランの広場」という公園を散策しました。賢治が設計したが実現できなかったという南斜花壇・日時計花壇が作ってあったり、タイルを使った作品のイメージ画が描かれていたりしました。冬なので花壇にはわずかに芽が出ているくらいで、もっと花の咲いている季節であれば美しかったのではないかと思います。
雑木林に囲まれた道を上って記念館に辿り着きましたが、こちらは後回し。バス停近くに降りる長い階段を通って、童話村の方を先に見学します。
童話村には広い庭があって、賢治の作品に出てくる山野草が見られる小径があったり、様々なオブジェが置かれていたりしますが、全部見て回るだけの時間と体力がないのが残念(笑)。入場券を購入して「賢治の学校」へ入場。ここは、宮沢賢治の童話の世界を体感できるような施設になっています。「桜の下で待っている」の描写が秀逸過ぎて自分の文章で書く気がしないので、ここがどんな場所か知りたい方は、是非「桜の下で待っている」をお読み下さいませ(笑)
次に同じ敷地内にある「賢治の学校」へ。こちらは、賢治の作品に登場する石や鳥や動物や星などを、作品内の文章と写真・音声などを使って体験してもらう施設です。鳥の鳴き声が流れたり、動物の毛皮を触ることができたり、なかなか凝った展示です。
僕は結構あちこちの文学館に行っている方だと思うのですが、作品や人物の解説、直筆原稿や遺品の展示などをしている文学館より、作品世界を体感できるような施設の方が好きです。これまで訪ねた中では、金沢の泉鏡花記念館が好みなのですが、童話村はそれに近いものがありました。
さて、次は記念館の方です。が、実は朝食を食べていなかったので、記念館を見る前に、敷地内にある「山猫軒」というレストランで少し早めの昼食をとりました。もちろん「注文の多い料理店」にちなんだ名前で、店の入り口には「どなたもどうかお入りください 決してご遠慮はありません」「ことに肥ったお方や若いお方は、大歓迎いたします」などと書かれた看板も掛かっています。
食事の後は記念館へ。「桜の下で待っている」には記念館の描写もあるのですが、こちらは2015年4月に展示がリニューアルされたようで作中の描写とは様子が違っています。
「科学」「芸術」「宇宙」「宗教」「農」という5つのコーナーに分けられた展示になっていますが、どうも作品内容や作品世界を解説するというより、物語が生まれた土壌となる「科学者としての賢治」「農業人としての賢治」という切り口で賢治を紹介しようという展示のように思えました。
特別展では『「銀河鉄道の夜」はどう生まれたのかー 草稿の謎にせまる』という展示を行っており、これが先にも書いた「〝文学少女〟と慟哭の巡礼者」に出てきた内容を思い起こさせるもので、非常に興味深かったです。帰りに売店でこの展示の図録を購入してしまいました。
「銀河鉄道の夜」の原稿を、原稿用紙の紙の質や、校正に使われたインクの質などから分析し、どのように原稿が修正されていったのかを研究しているわけですが、執筆環境がデジタル化した現代の作家の場合、こういう形での作品成立の研究はできなくなるんだろうな、みたいなことも考えてしまいました。

一応帰りのバスの時間は調べてあったのですが、それに間に合う時間には周りきれなかったので、帰りは新花巻駅まで歩ききました。下り坂なのでそれほど大変ではなく、所要時間は20分ほどでした。
実はこちらの駅も「ハルチカ」に登場したので、もともと帰りはバスでこちらに出るつもりだったので問題ありません。駅前の風景を撮った後は、駅の待合室で高校野球を見ておりました。
新花巻から釜石線で花巻駅へ戻ってきました。釜石線の時間が合えば遠野あたりまで往復しようかとも思っていたのですが、適切な時刻の列車がありませんでした。すぐに仙台に向かってもよかったのですが、それももったいないので、宮沢賢治の墓所がある身照寺まで行ってみることにしました。ネットで調べると徒歩20分とのことですので、往復で1時間。1時間半後に上り列車があったので、ちょうど良い時間です。身照寺は「ハルチカ」にも出てきたので一石二鳥。
徒歩で身照寺に向かうと、途中に「ぎんどろ公園」という公園がありました。公園内の案内を読むと、賢治の勤めた「花巻農学校」の跡地なのだそうです。ぎんどろ公園を過ぎるとすぐに身照寺です。賢治のお墓に手を合わせ、戻ってきてちょうどよい時間でした。
花巻を15時38分に出発。一ノ関・小牛田で乗り換えて、18時23分に仙台着。すぐにホテルにチェックインしました。連日、長い時間列車に乗っているので、流石に疲れており、しばらくはホテルで横になっていました。夜9時近くなって、夕飯を食べに外出。特にお店は調べてなかったので、とりあえずはアーケード街に向かいました。仙台名物・牛タンのお店が目についたので、東京ではみかけない系列のお店を選んで入店。大盛で2000円と少し奮発しましたが、とても美味しかったです。

旅行記をまとめるにあたって確認のためホームページを調べたのですが、賢治関連の施設のホームページがわかりにくいので、リンクをまとめてみました。

■宮沢賢治イーハトーブセンター
http://www.kenji.gr.jp/
■ポランの広場
http://www.iwatetabi.jp/spot/detail/03205/891.html
■宮沢賢治童話村
http://www.city.hanamaki.iwate.jp/shimin/176/181/p004861.html
■宮沢賢治記念館
http://www.city.hanamaki.iwate.jp/bunkasports/501/miyazawakenji/p004116.html
■宮沢賢治関連の観光資源データベース
http://www.kanko-hanamaki.ne.jp/marugoto/category.php?c=3

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東北旅行記02

東北旅行二日目。ホテルで軽く朝食を食べた後、仙石線で石巻へ。時刻表で仙石線の時間は調べてあったのですが、駅に入ると「仙台東北ライン」という表示が目に入りました。仙石線の愛称なのかなと思って路線図を確認したら、経路が若干違うのですね。仙台東北ラインの方が少し早い発車だったのですが、早く着いても乗り継ぐ列車が変わるわけではないので、予定通り仙石線に乗車。ある意味これが正解で、乗った列車が石ノ森章太郎さんのキャラクターを使ったラッピング列車だったのです。
石ノ森さんの漫画はそれほど読んでいないのですが、彼が原作のテレビ番組は、幼少期にたくさん見ています。列車に描かれた全てのキャラが分かるほど詳しくありませんが、仮面ライダー、キカイダー、変身忍者嵐、ロボコン、さるとびエッちゃん、サイボーグ009など、懐かしいキャラばかり。
本塩釜を過ぎると、車窓から海が見えることが増えてきました。松島海岸駅を通過。大学生の時にアルバイト先の先輩の車で東北旅行をしたことがあるのですが、その時は国道の渋滞があまりにひどくて海岸に近づけず、遠くから松島タワーを見ただけで終わった覚えがあります。
海沿いを走っていると真新しい防波堤や、まだ工事中の防波堤が目に入ります。また、同じ規格の住宅が並んでいて震災後に新しく建てられたのだなとわかる住宅群もありました。駅前がほとんど更地になっている場所もありました。(注:後に女川出身の写真家の方のTwitterで知ったのですが、この駅前が更地だった場所は津波の被害で取り壊されたのではなく、駅が高台に移転して新しく開発された場所だということでした)
石巻に着くと、駅も駅前も石ノ森キャラクターがあふれていました。石ノ森萬画館までの道はマンガロードと呼ばれ、モニュメントが設置あるようなのですが、乗り継ぎまで30分ほどしかありませんでしたので、駅前と駅構内を撮影しただけでした。それでも、かなりの写真を撮ることができました。
仙石線から乗り換えて、石巻線で女川へ向かいます。


女川駅を下りると、真新しい駅舎が目に入ります。駅舎には温泉や女川の物産品を販売するお店が併設されていました。そして、駅前には新しく整備されたことが一目でわかるショッピングモールが。
しかし、駅の周りを見渡すと、綺麗に整備されているのは駅と駅周辺のみで、それ以外の場所はほぼ工事中なのがわかります。
駅舎内に作られた観光案内所で女川まちめぐりマップ」を見つけて開いてみましたが、町の多くが工事中の現状では、あまり情報量が多くありません。駅からかなり離れた高台に移転した商店街があるようですが、そこまで行くには自動車がないと難しそうです。
まずは、駅前のショッピングモールで昼食を食べることに。
僕の中では「女川といえばサンマとクジラ」というイメージなのですが、さきほどの案内所にあった「女川グルメまっぷ」によるとサンマは今はシーズンではなく食べられない模様。クジラは缶詰は置いているのですが、お店では出していないようでした。遠洋漁業の基地でもあるのでマグロも獲れるらしく、「明神丸」というお店で「三色マグロ丼」(赤身・ビンチョウ・メカジキ+ネギトロ)をいただきました。舌の上でとろけるような柔らかさで、おいしかったです。しかも値段も1000円。
食事の後は、工事区間を通って港まで出てみました。町の復興には主要産業を支える漁港が必要だったので、真っ先に復興されたようで、たくさんの漁船や連絡船が停泊しています。
港の風景を写真に撮った後、高台にある地域医療センターに向かいます。
そこには「女川は流されたのではない。新しい女川に生まれ変わるんだ」という横断幕が掲げられていました。ネットで調べてみると女川の中学生が作った詩の一節だそうです。津波到達地点であることを示す石碑も設置されていました。
帰りがけにもう一度ショッピングモールをのぞいてみると、ネットでも話題になっていた「ダンボルギーニ」(段ボールで作ったランボルギーニ)を展示しているお店や「さんまパン」を売っているお店もありました。さんまが食べられる食堂も見つけたのですが、列車の時間まで20分しかなかったので、今回は見送り。
石巻線で東北本線の小牛田まで戻り、小牛田から一ノ関乗り換えで、夕方16時36分に花巻に到着しました。


花巻駅前は、最近見ている「ハルチカ」というアニメに登場したばかりなので、頭の中にアニメの場面を思い浮かべつつ何枚か写真を撮影しました。あまり準備の時間がなく、スクリーンショットを撮ってこなかったのでうろ覚えです。夜にでもネット検索で画像を探すことにして、今回の旅のメインも目的地とも言えるマルカンデパートを目指して歩きます。
閉店のニュースが流れた時に漫画家の月子さんが写真をアップされていましたし、画像検索もかけてみたので、どんな場所かのイメージはありました。
実際に足を運んでみると、閉店がニュースになった影響もあるのか、食事の時間にはまだ早めであるにも関わらず、たくさんのお客さんが入っていました。店内が広いので満席ではないのですが、窓際の席はほとんど埋まっていました。僕は写真を撮りたかったので、明かりの入る窓際の席を探して着席。店員さんが食券を半分切り取って持っていき、食事が出てくると半券も回収という、僕の世代には昔なつかしい方式です。
お昼ご飯が少し早めでお腹が減っていたので、お目当てのソフトクリームの他にホットケーキも注文しました。ソフトクリームはネットで見た写真や「桜の下で待っている」の裏表紙のイラストの通り、とても大きかったですが、アイス好きの僕にとっては難なく食べられる大きさです。はしを使って分け合って食べるのがセオリーだそうですが、僕はホットケーキ用のフォークですくって食べておりました。くるくる巻いてあるソフトクリームの真ん中は空洞になっていて、少し固めな感じです。大きいので固めにしないと早く溶けてしまうからかもしれません。また、ホットケーキのシロップが透明だったのには驚きました。ソフトクリームもホットケーキも特別な作り方をしているものではないでしょうが、「この場所」だからこそ美味しく感じられるような気がしました。
歩いて駅まで戻りましたが、駅前にはあまり飲食店がなく、駅にあるそば屋さんで早めの夕食を取り、夜食用にパンを買ってホテルに向かいました。


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東北旅行記01

上野9時11分発の列車に乗ればいわき駅で塩屋埼灯台へのバスに接続できることは調べてあったので、それに間に合うように家を出ました。
いつもなら通勤ラッシュで混み合う時間帯ですが、幸い祝日だったので、上野に向かう車内は空いており、座席に座ることもできました。
上野では、駅構内のコンビニで朝食のおにぎりを購入。ちょうどカシオペアの最終列車が走る日だったので、記念ラベルのおにぎりも。駅弁屋さんではカシオペアのお弁当が販売最終日ということで宣伝してたのですが、購入は見送り。
上野発8時49分の列車で水戸へ。昨日は旅行のため早く寝てしまったので、車内では主にTwitterで昨晩から今朝のタイムラインを読んでいました。常磐線の上り列車に乗るフォロワーさんがいらしたので、挨拶のメンションを送るなどしていました。
水戸着は10時57分。予定より早い列車に乗ったので乗り換えに余裕があります。構内のベックスコーヒーでホットコーヒーを購入。スタバやタリーズと違ってLサイズでもポット一杯にならない量なのですが。その後、地元の物産を扱うお店をのぞくと、納豆と干しいもがたくさん並んでいました。メロンの果肉を使ったメロンパンが売っていたので一つ購入。確かに美味しかったですし、香りも良かった。
水戸11時35分の列車でいわきに向かいます。13時03分着。
バスの時間は20分なのであまり余裕がありません。まずは、バス停を探します。駅前の案内板には「塩屋埼灯台」の文字がないので、確かこの方面だったよなと記憶を頼りに見当をつけ、バス停を確認します。バス停を確認してあと5分あったので、駅の改札まで戻ってコインロッカーを探しました。バス停から灯台までは徒歩20分とのことですし、灯台に上がるにも荷物は軽い方が助かります。幸いなことに、改札口のすぐ横にコインロッカーがあったので、着替え類の入ったリュックをあずけて、バス停に戻ります。バスに乗車し、運転手さんに塩屋埼灯台に行くかを確認。大丈夫のようです。
灯台入り口のバス停までは30分弱。乗客は僕の他に2~3人。比較的短距離で入れ替わっていく感じでした。
そろそろ到着する時間かな、という頃です。丘陵地の切り通しを抜けて海岸沿いに出たとたん、風景が一変しました。バスの通る道路以外の場所がすべて造成中で、視界が一面茶色です。海沿いに目をやれば、堤防の内側には黒い土嚢が積み上げられており、ところどころ工事中の場所もあります。つまり、ここは津波の被害を受けて、復興途上だということなのでしょう。「桜の下で待っている」でも、塩屋埼に向かう途中に津波の被害を受けた場所を通る描写があったので、ある程度は分かっていたのですが、これほど「何もない」とは思っていなかったのです。
バス停は、造成中の地区の真ん中にありました。あたり一面むき出しの土ばかりという中を、灯台に向かって歩き始めましたが、20分の道は平坦で肉体的には思ったより楽に歩けたものの、精神的には楽ではなかった気がします。
灯台の下にある駐車場に到着すると、小説の描写の通り美空ひばりさんの歌碑があり、歌声が流れています。「みだれ髪」というひばりさんの歌が塩屋埼灯台を舞台にしたものなのだそうです。
駐車場の脇には、おみやげもの屋さんが一軒。「みだれ髪」を題材にしたグッズや海産物がおみやげとして販売されていました。
灯台は小高い丘の上にあるので、そこに向かう細い階段を登り始めます。道の左手には、青い海が広がっているのが見えます。さきほどまで曇っていた空も晴れて、青空が広がってきました。
登りきって正面に灯台が見える場所に出ると、そこで青空をバックに白い灯台を撮影。丘の上なので、海は少ししか入りません。見学料200円を払って中に入り、思ったよりも広い螺旋階段を登っていきます。外に出ると、足場の幅は1メートルくらい。金属製の柵はあるものの、なかなかスリリングな場所です。目の前には青い海が広がっていますが、沿岸部に目をやれば、先ほどの工事中の場所が広がっています。灯台をはさんで反対側の沿岸部も、同じような状況なのが見てとれます。
この美しい海が、あの恐ろしい景色をつくったのかと思うと何か不思議な気がしますが、それが自然というものの残酷さなのだろうと改めて実感しました。
灯台から降りると、先ほどのバス停まで歩いて戻ります。先ほどと同じ光景が目に入りますが、白い灯台が見えない分「何もない」という印象が先ほどよりも強く感じました。
Twitterでは、この景色を突然見せるのは良くないのではないかと思って美しい海と灯台の写真しかアップしなかったのですが、ここでは、写真を数枚載せておこうと思います。
東日本大震災から5年経ちましたが、「もう5年」ではなく「まだ5年なのだ」と強く実感させられた光景です。
駅前まで戻ってきて食事を取りました。駅前のビルの中にドトールと大衆食堂があったので、大衆食堂の方で。お皿に入ったお総菜を自分で取って会計するという、昔ながらの方式です。
食事を終えてまだ時間があったので、駅前のミスタードーナツで時間つぶし。「桜の下で待っている」に登場した郡山のお菓子「ままどおる」も購入しました。
その後は、前回の記事で書いた通り。今後の予定を立てたり、宿の予約をしたりしながら仙台までたどり着きました。流石に東北一の大都会だけあって、午後10時を過ぎてもたくさんの人が歩いています。
ホテルに着いたら、お風呂に入って寝るだけなのですが、今日見た光景が刺激的過ぎたせいか、疲れていた割にはすぐには寝付けませんでした。

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東北旅行記00

3月21日から24日にかけて青春18きっぷを使って東北地方に旅行に行ってきました。
直接のきっかけは、花巻のマルカン百貨店が6月に閉店というニュースをネットで知ったことです。
マルカン百貨店の大食堂は、彩瀬まるさんの「桜の下で待っている」という小説で知りました。その作中、名物のソフトクリームは、母親が子供時代に友達とよく食べた懐かしい記憶として、地域の人々がそれを共有しているふるさとの味として、そしてそれを新しい家族とも共有する未来へのかけ橋として、とても印象的に描かれていたのです。
初めて本を読んだ時から、僕もいつか花巻に行ってその雰囲気を味わってみたいと考えていました。実は昨年4月にも東北旅行を検討したことがあるのですが、その時は飛騨一ノ宮の臥龍桜を優先させてしまったので、先延ばしになっていたのです。
さて、せっかく東北に出かけるのだからということで、あちこち回ってみることにしました。幸い、この時期5連休があるので時間は余裕があります。
まず考えたのが、福島県いわき市の塩屋埼灯台と、宮城県仙台市の瑞鳳殿です。この2カ所も「桜の下で待っている」で描写された場所です。
最初は、二泊三日で考えていたのですが、かなりのハードスケジュールになってしまいます。前日の夜まで仕事なので、当日早起きできるかどうか自信もありませんでしたし、現地で必要な滞在時間も読めません。とりあえず、出発してみて、状況を見て宿泊地と宿泊数を決めようと考えていました。
結局、旅行日程の大筋が決まったのは、いわきから郡山に向かう磐越東線の車中でした。旅行記の途中でこれを書くと流れが悪くなるので、ここで書いてしまいますが、迷っていたのは最初の宿泊地なのです。
塩屋埼灯台から帰ってくるバスの候補は2本ありました。1本目だと磐越東線に乗れますが、2本目だと間に合いません。いわきで宿泊して朝に郡山に向かえば磐越東線を明るい時間に通ることができるというメリットもありました。夜のうちに仙台まで行けると後が楽なのですが、初日は朝が早いので、疲れていたら夜遅くまでは移動できないかもしれません。
もう一つ迷っていたのが、仙台からどの路線に乗るかです。東北本線でそのまま花巻に行ってもよいのですが、いま東北に出かけるなら津波の被害を受けた地域に足を運んでおきたいと思ったのです。自分の目でその場を見ることや、多少なりとも観光でお金を落とすことは、しておくべきではないかと。それに、高校時代に東北に行った時には、海沿いの路線には全く乗っていないので、単に乗りつぶしをしたいという欲もありました。
結局、塩屋埼灯台からは1本目のバスで帰ってこれたのですが、磐越東線の沿線風景はあきらめ、郡山に向かいました。体力的に大丈夫だと判断したので、仙台に宿泊場所を決め、列車の中からネット経由でホテルの予約をしました。
また、仙台での観光を後日に回し、先に花巻に行ってしまった方が時間に余裕があることもわかりました。さらに、乗車する路線を仙石線・石巻線に決めました。時間がそれほどかからないにも関わらず二路線を乗りつぶせることと、女川に行くことができるのが決め手でした。震災関連のつぶやきでフォローさせていただいている写真家の方が女川の出身で、女川についての情報は、割と目にしていたからです。
これで旅の日程の概要が決まり、花巻と仙台の宿も、先ほどと同じようにネット経由で予約しました。
というわけで、次回から本格的に旅行記になります。


桜の下で待っている 桜の下で待っている
彩瀬 まる

骨を彩る 神様のケーキを頬ばるまで やがて海へと届く 暗い夜、星を数えて―3・11被災鉄道からの脱出 あのひとは蜘蛛を潰せない (新潮文庫)

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作品世界の年代感覚について考えたこと

昨年末の12月24日・25日に飛騨高山に旅行してきました。
ここ数年、年に数回ずつ訪れているお気に入りの場所ですが、その楽しみの一つに、高山出身の小説家・米澤穂信さんの小説に登場する場所のモデルを訪ねる、いわゆる「聖地巡礼」があります。
ことにアニメ化された「氷菓」(小説の方は〈古典部〉シリーズと呼ばれますが)では、実在の場所をモデルにアニメの作画が行われているため、街を歩くだけで、まるでアニメの世界にいるかのような気持ちにさせられます。
僕はこれまでに何度も高山を訪れていますので、モデルになった場所に行ってカット合わせの写真を撮るような形での「聖地巡礼」はもうしていませんが、今回、何度目かの「聖地巡礼」をしながら考えたことがありますので、それについてまとめてみたいと思います。

実は、今回の高山行きで、新たに聖地巡礼のリストに加わった場所があります。2015年12月12日発売の「野性時代」に〈古典部〉シリーズの新作「いまさら翼といわれても」の前編が掲載されたためです。「いまさら翼といわれても」には神山市文化会館が登場するのですが、その位置や外観は高山市文化会館をモデルにしたものと思われます。そこでさっそくその場所にも行ってみたのですが、雑誌に作品が掲載されたばかりであるだけでなく、まだ「前編」で作中の謎が解説されていないこともあり、まさしく「今」起きている事件であるかのような感覚を抱いて、僕はその場所に立ったのでありました。
しかし、その後、これまで何度も訪れた聖地を歩きながら、僕は文化会館を訪れた時との気持ちの落差を感じずにはいられませんでした。もちろん「慣れ」による感動の薄まりというような話ではありません。それは、アニメと小説との「年代設定」に関する落差についての問題でした。

そもそも小説〈古典部〉シリーズの年代設定は2000年です。彼らが高校二年生になった最新作でも2001年なのです。ですから、僕が小説を読む時には、2000年に存在した彼らの世界を、2016年にいる自分が体験しにいく、という感覚で読みます。このように、自分が現実にいる年代と、小説の世界の年代が異なることは、小説では珍しいことではありません。
例えば、米澤穂信さんが2015年に刊行された「王とサーカス」では作中の年代が2001年に設定してあります。〈古典部〉のように「刊行から時間が経過したから」という理由ではなく、作品としてその年代である必要があれば、現時点での年代にこだわらず作中年代が設定されるわけです。

しかし、アニメ「氷菓」の年代設定は放送が行われた2012年です。そして、僕は(あるいはネットの反応を見る限り多くの視聴者が)リアルタイムで進行している物語としてそれを捉えていました。Twitterでも「今日は○○が○○する日」あるいは「ちょうど今頃○○している時間」などという書き込みを僕自身もしていますし、多く読んでもいます。
その舞台となった場所に足を運んでいる時も「あの時に○○があった場所」という意識でいるのですが、それが1年経ち、2年経ちという時間の経過にともない「あの時」が次第に「過去」になっていたのだなぁというのが、自分の感じた違和感の正体でした。

発表されたばかりの小説を読んだ時には、先ほども書いた通り「リアルタイム感」が戻ってきます。作中の物語が「過去」なのか「リアルタイム」なのか、その辺りの感覚に「落差」ができてしまったということのようです。
小説を読む時には、作中の年代が過去であっても「今の自分がそれを垣間見ている」という感覚で読んでいる気がします。なのでそれほど「過去に起きたこと」という感覚がないのですね。
アニメの場合、「放送された時」が「リアルタイム」であり、時間が経つとその分だけ作品世界であったことも「過去」になっていくのかな、というのは今回気づいたことです。
もちろん、アニメでも放送時期と作中設定年代が異なるものもありますし、今回は「作中の場所を訪れる」という自分自身の経験も「過去」として認識されていること、ネット上での作品の扱いがやはりそれを「過去」にしていきやすいことなどがあり、一概に「アニメ」と「小説」の違いとはいえないかもしれません。
でも、今までに感じたことのないギャップだったので、それがどういうことなのか、まとめておきたかったのです。この件は、しばらく自分の中での宿題になりそうです。

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