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「邪魅の雫」

4062763729分冊文庫版 邪魅の雫〈上〉 (講談社文庫)
京極 夏彦
講談社 2009-06-12

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文庫分冊版で購入しました。
1冊にまとまっている文庫版も同時発売だったのですが、僕は通勤時の電車の中で読むことが多いので、京極堂シリーズは、分冊版でそろえているのです。

さて、ミステリーであると同時に、京極堂の語る蘊蓄が面白さの一つである京極堂シリーズですが、今回は、あまりその方面の話はありませんでした。
その一方で、ミステリーとしての完成度は、非常に高いのではないでしょうか。ただし、僕は、ミステリーマニアではないので、「ミステリー」の定義をどう捉えるかで意見が別れる所があるかもしれませんが…。

今回の話を一言で表すと、「人は世界をどう認識するか」についての話といえるでしょう。さきほど蘊蓄はあまり語られないと書きましたが、それでも、文芸に対する評論について、犯罪を社会がどう裁くかについて、歴史学と民俗学の違いなど、ある程度語られていることはあります。ただし、僕は、これらは「認識」が人により、また方法により異なる結果をもたらすという共通点を持つものとしてとりあげられているのだと思います。
そして、「認識の違い=世界の違い」が、事件を引き起すものであり、解決を難しくしていたものであるという、キーポイントになっているのです。

「真実は認識によって変わる」というテーマをあつかった小説といえば、一番世に知られているのは、芥川龍之介の「薮の中」でしょう。僕は「認識論」も芥川も好きなのですが、あの作品だけは好きではないのです。なぜなら、あの作品では認識だけでは変わりようのない事象までもが、語り手によって変わってしまっているからです。
それに比して、この小説では、4つの「異なる物語」を成立させただけでなく、その4つが複雑に絡み合って「一つの現実」として成立している様を見事に描いています。

上巻を読んでいる段階では、複数の語り手によって語られている事象が、なんとなく相関関係があるのではないか、立場を変えて見た同じ事象なのではないかということを感じさせるにとまどっています。僕はやりませんでしたが、ミステリーマニアの人なら、あそこでタイムテーブルを書いて、相関関係を実証したくなるんじゃないかな…と思ったくらいです。
しかし、もちろん、話はそう簡単にはいかないわけで、中巻では、事件の様相が混沌としてきます。そして、下巻に至り、それが一つの現実として再統合されいく様は、見事としか言いようがありません。しかも、その中で、ここまでに複雑に張り巡らされた伏線が、事件そのものに関わるものから、解決する側の動きまで含めて、次々と明かされていくのですから尚更です。

思えば、京極堂シリーズの第1巻「うぶめの夏」も認識論を使った物語でした。さらにパワーアップした認識論の物語は、シリーズの中でも重要な位置を占める一作になるに違いありません。

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