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おわら風の盆2009 Part4

2日の始発で富山のホテルに戻った後、11時くらいまで寝ていました。
僕は、もともと夜型の生活で、午前3時ごろ寝て午前9時ごろ起きるということも珍しくありませんので、
今回の徹夜も、それほどしんどくはありませんでした。

シャワーを浴びて、ホテルを出発し、富山駅ビルの食堂で、氷見うどんとにぎりのセットをいただきました。
そして、再び八尾についたのは、午後2時ごろ。
これまでは十三石橋を渡って、下新町の通りを上っていったのですが、今回は井田川の左岸を歩いてみました。
禅寺橋を渡ると、そこには石垣をつんだ「坂の町」の姿が。
井田川沿いに、こんな景色が広がっていることを、恥ずかしながら初めて知りました。

おわら風の盆2009 24

おわら風の盆2009 25

町流しの始まりは午後3時からなので、それまでは街の中を散策しながら、お土産を物色。
実は、昨日、あちこちでおわらのTシャツを売っているのを発見し、ぜひ買って帰ろうと思っていたのです。
あちこち見て回って、結局、上新町の「吉田陶器店」でTシャツと、妻へのお土産にハンカチを購入しました。

一昨年の「風の盆」で、町流しが行われる時間は「演舞場での上演が終わって少し経ってから」ということが多いのではないか、と気づきました。
その仮説に基づいて、本日の予定を組み立てると、午後7時ごろに西町、午後8時ごろに上新町、ということになります。一昨年見た上新町の町流しは是非とも見たかったので、8時になっても西町で見られなかったら、移動しよう、と考えました。
ということで、まずは坂の一番上にある東新町を訪ね、それから西町に戻ることにしました。

町流しの始まる午後3時。ちょうど東新町の公民館前に到着。
この町の女の子の衣装は、田植えの衣装なんですね。

おわら風の盆2009 15

おわら風の盆2009 16

一昨年の「風の盆」でも、子どもたちの踊るおわらを町の人たちが温かく見守る様子が印象に残っていたのですが、昼間の町の様子を見ると、その印象がいっそう強まりました。
大人たちだけではなく、10代の後半から20代前半くらいの若い人たちが、子供たちの踊りをリードしたり、移動の指示をしたり、休憩の時には飲み物を配って歩いたり、ということをしている姿も見かけました。
これが、お祭りの場という特別な場だからなのか、それとも普段からそういう交流が行われているのかは、僕にはわかりません。普段からこのような交流があるのであれば、それは素晴らしいことだし、もし「祭りの場」だけのことだとしても、普段は行われない世代間交流を促す特別な時間として、子どもたちにとって「風の盆」の楽しさがより深まるのではないかと感じました。僕が子供の頃、お正月に親戚が集まり、年上の従兄弟たちと会えるのが楽しみで仕方なかったように。

休憩している子どもたちの会話をそれとなく聞いていると、ある男の子が「でも、子供の踊りを見に来ている人だっているかもしれないだろ」と、別の男の子に言っています。
「なぁんだ、子供の踊りじゃん」とか言う観光客でも、いたのでしょうか。
子どもたちにとっても、おわらを踊るのは楽しく、そして嬉しいことであって欲しいです。
そうでないと、いずれ、この素晴らしい伝統が、先細りしてしまう可能性だって、無きにしあらずなのですから…。
その言葉を聞いて以降、子供が交ざっている踊りは、最後までしっかり見て、盛大に拍手を送ってあげようと、心に決めたのでした。

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