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おわら風の盆2009 終章

今年の「風の盆」の記事のまとめです。

僕が、これほど「風の盆」に惹かれるのは、どうしてなんだろう、と考えることがあります。
踊りや歌、楽器演奏の素晴らしさは、もちろんあるでしょう。
古い町の姿を残している八尾の街並みの美しさもあるでしょう。
写真を趣味にするものとして、それらの姿をしっかりと写し止めたいという気持ちもあります。
そして、「おわら」を守り、育んでいる地域社会のあり方への賛美の思いもあります。

ただ、よく考えてみると、僕は、あくまでも傍観者でしかありません。
もし、風の盆が素晴らしいと思うなら、八尾の町づくりが素晴らしいと思うなら、
自分の属している社会においても、同じようなことが実現できるように、考えるべきなのでは…
という思いがあります。
とは言っても、安易に「おわら」を広めたいという意味ではありません。最近、よさこいや阿波踊りがあちこちの祭りで行われているのを見ますが、僕は、そういう風潮があまり好きではありません。古いか古くないかはともかく(おわらも、今の形になったのは昭和に入ってからのことのようです)、地元ならではのオリジナル性は大切にしたいと思うのです。

これは、里山の風景や、農のある風景を撮影する時にも思うことなのですが、
こういった伝統的なものを守るためには、ある種、現代社会で都市に暮らす人間が当たり前に享受しているものを、享受できずに生活する必要があるはずです。
ふだんは、都会で生活している人間が、そういった部分に無頓着に「古い街並みはいい」「里山の風景はいい」と吹聴するのは、どこか不遜な所があるのではないか、という迷いが常にあります。

とりあえず、傍観者は傍観者なりに、自分の素晴らしいと思うものの存在を訴えていくことに意味があるのではないかと考えて、自分を励ましてはいるのですが……。
僕は、長年、自分を「文章の世界」の人間だと思ってきたのですが、最近は「写真」での自己表現の機会がずいぶんと増えてきています。
「写真」にしろ「文章」にしろ、それが持っている「伝える力」が、それほど無力ではないということを、長年それを糧に生きてきた人間としては、信じていきたいところです。
そして、自分が暮らしている場所の中で、それらを使ってどんなことができるのか、ということも模索していきたいと考えているのです。

そんなわけで、八尾から帰ってきた今、鎌倉や、横浜や、戸塚の写真をしっかり撮っていこうという気持ちになっているところではあります。

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