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2011年12月

2011年を振り返って

2011年も、いよいよあと三時間ほどを残すばかりとなってきました。

身内に大病をした人がいたり、職場でごたごたがあったり、色々あった一年ですが、
個人的なことはさておき、今年あったできごとを振り返ってみたいと思います。

まずは、なんといっても東日本大震災があったこと。
当日は鎌倉にいて、歩いて自宅まで戻った話は、このブログでも書きましたが、
計画停電にともなうゴタゴタで、一時は会社がつぶれるかも…という想像まで頭がよぎりました。
原発の今後や防災など、日本の政治や社会のあり方についても、いろいろ考えさせられました。
原発事故の収束や被災地の復興もふくめて、この後何十年もかけて解決していくべき課題を残された気持ちです。

二つ目は、Twitterを始めたこと。
これまでもずっとネット生活をしてきた僕にとって、Twitterはツールの一つでしかないのですが、
それでも、非常に大きなインパクトがあったと思います。
情報発信という面では、ブログよりも気軽にかけることから、発信量が格段に増えたことが一つ。
それから、これまでバラバラに使用していたツールが、Twitterによって一つにまとまった感があること。
情報収集という面では、これまで作品を通してつながっていた作家さんや漫画家さんの生の声を聞けるようになったことが大きいですね。
羽海野チカさんにコメントを頂いたことや、とり・みきさんにRTして頂いたことなど、とても感激しました。
そして、現在進行形のできごと「実況」や、ハッシュタグを使用した「座談会」など、同じ趣味の人たちの集まりを、ネット上でリアルタイムで感じることができました。
特に印象に残っているのは、「GOSIC」「天空の城ラピュタ」といったアニメの「実況」や、スペースシャトル「アトランチス」のラストフライトや皆既月食の時の盛り上がり、「ハチミツとクローバー」の座談会といったところでしょうか。

三つ目は、電子書籍リーダーを手に入れたこと。
もちろん、使用頻度としては、紙の本に比べたらまだまだですが、
本をどのように保存し、整理するかという点で、革命的な一歩になるかもしれません。

それでは、皆様、今年も一年おつきあいいただき、ありがとうございました。
来年も、よろしくお願いいたします。

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電子書籍のメリットは?

電子書籍について「違法コピーが増える可能性がある」というデメリットに対して、有効なメリットが見いだせていない。だから、作家の方も出版社も電子書籍化に積極的になれない、という図式があるのではないかと思います。

一つ前の記事にも書いたように、物理的な収納場所が少なくて済む、というのは大きなメリットだと思います。
電子書籍の利点に「あまり本を読まない層を取り込む」ということがよく言われます。実際、携帯小説などの流行を見ると、そういう部分もあるとは思いますが、電子書籍を「それだけの存在」と考えることはないと思います。
実はよく読む層こそ、電子書籍化のメリットがあるのではないでしょうか。
今回、電子書籍に関する記事を書こうと思って、ネット上の記事をいくつかあたった時に思い出したのですが、村上龍さんが電子書籍の会社を設立したことが話題になった時がありました。その時に、村上さんは「電子書籍ならではの特徴」としてマルチメディア化をあげられていました。つまり、本をそのままの形で電子化しても魅力がないから、新しい付加価値をつけなければならないと考えたのでしょうが、僕個人の感覚としては、普通の書籍を普通の形で電子化するだけで、大きなメリットがある、と思っています。

僕も、本の置き場がなくなるとブックオフに売りに行きますし、試しに読んでみたいと思う漫画を漫画喫茶で読むこともあります。もし、電子書籍が充実して、物理的スペースの制約がなくなったら、こういうことはしないと思います。
ブックオフに本を売りに行く人の多くは「売った代金が欲しい」(だって買い取り価格は異様に安いですもの)のではなく「家の中を片付けたい」ではないでしょうか。電子書籍は普及すれば、新古書店への本の供給量も減るでしょう。
海賊版の話をふくめて、著作権保護機能つきの電子書籍を充実させることで「安く本を読まれてしまう機会」を減らすことができるのではないかと思うのです。

新古書店の話でも、電子書籍化の話でもつきまとう問題に、出版不況という背景があると思います。
もうからないから利益を確保しようと規制を強める、という流れは、歴史上何度も繰り返されてきたものです。
でも、個人的な感覚として、本屋さんにいる人の数が減っているとは思えません。むしろ、大型の書店には、以前より人があふれている感じさえもします。
本の出版点数が増えると同時に読者層の細分化が進んで、一点あたり(もしくは出版社あたりとか一作家あたりとか)の販売数が減った、というのは原因かもしれません。
あるいは、出版点数が多すぎて、どんな本が出版されているのか、読者に情報が伝わりにくい。僕は、割とネットで新刊情報を見て、どんな本がいつ販売されているのかチェックしているつもりですが、それでも本屋さんで初めて刊行に気づく本というのがあります。「本屋で気づくならいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、僕は1週間に最低4回は本屋に入るような人間です。どんどん新刊が出て、気づいた時には、すでにその本は本屋さんに並んでない(もしくは目立たない所に追いやられてしまう)という場合は、一般の読者層の場合には多いのではないかと思うのです。
そもそも、よほど大きな書店でもない限り、少し前の本は置いてありません。だから、僕が気に入った作家さんを発掘して、その著作を遡って読む時には、アマゾンやbk1といったネット書店を利用しています。そして、ひどい場合には、過去の著作が絶版になっていて、ネット上の古書店で検索して購入、ということも少なからずあるのです。
もちろん、出版不況であるからこその出版点数の増加なのでしょうが、その自転車操業の循環をどこかで止めないと、幸せな状況はこないのではないかな、と思います。
「在庫」という物理的な制約がなく、「絶版」を減らし「復刊」を容易にする電子書籍の存在は、そこに風穴を開けうる存在になると思うのですが、どうでしょう?


■以前書いた電子書籍に関する記事「本にまつわる雑誌記事」

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スキャン代行業者に対する提訴について

12月20日、スキャン代行業者2社を著作権侵害だとして一部事業の差し止めを求める提訴が東京地方裁判所に提起されました。原告は、浅田次郎氏・大沢在昌氏・永井豪氏・林真理子氏・東野圭吾氏・弘兼憲史氏・武論尊氏。この件がきっかけで、Twitterのタイムライン上でも、電子書籍に関するさまざまな意見が目に入るようになりました。僕自身も、何件かつぶやいているのですが、この件に関しては、ブログの記事という形でまとめておきたいと考え、この文章を書いています。

まず、僕自身の電子書籍の利用状況を簡単に説明しておきます。
今年の9月にソニーの「Reader」という電子書籍端末を購入し、実際に何冊かはこの機器を使用して本を読んでいます。しかし、紙媒体の本と電子書籍を比べると、圧倒的に(きちんと数えてはいませんが、9対1くらいの割合で)紙媒体の本を購入しています。
そもそも、僕が電子書籍の使用にふみきった理由は二つあります。
一つは、自宅の本の置き場がかなり苦しいこと。現状で苦しいのですから、僕があと40年生きるとして(現在45歳)、この倍の本を購入することになったら、とても収納しきれるものではない、という焦燥感があります。実際、興味があって「購入しようかな」と思う本でも、「置き場を考えるとやめよう」と思う本がかなりあります。せっかく購入した本でも、置き場がないために定期的にブックオフに売りにいかなければならない状況です。
もう一つは、電子書籍でしか出版されない本の存在です。個人出版の本ではこの手の本が非常に多いのですが、僕が読みたかったのはこの種の本ではなく、豊島ミホさんらが出版した「文芸あねもね」という本です。
「本の置き場がない」という理由で電子書籍端末を購入したにも関わらす、相変わらず紙の本を買い続けている理由は「電子書籍版が売っていない」ということです。
電子書籍化に反対する方(主に読者層の方で)の意見に、「やっぱり本は紙で読まないと」「装丁も含めての美しさがあるのが本の価値の一つ」というのがあるのですが、僕も全くその通りだと思います。文庫本で読んで気に入った本のハードカバーを買い足したり、好きな漫画の「完全版」が出ればそちらも購入したりもしているのです。
が、その一方で、物理的な許容量には限界がありますから、「もう今ある本だけを愛して、それを再読するだけで生きていく」(ということができるくらいには蔵書があるつもり)という道を選ぶか、「電子書籍を購入して物理的スペースを節約する」という道を選ぶしかないのです。紙の本が好きだから、紙の本だけを購入して生きていくという道は、少なくとも僕には選べないのです。
僕の家は、残念ながら子どもには恵まれなかったので、妻と二人暮らしです。二人とも本好きなので、本を置くために住環境にはかなりぜいたくをしています。それでもその状況なのですから、子どもがいらして、配偶者に本への理解がない場合などは、本を置くことのできるスペースというのは、もっともっと少ないはずです。
漫画喫茶や新古書店が人気なのは、もちろん「安く読める」ということもあるのでしょうが、「本の置き場に困らない」ということもあるのではないでしょうか。

スキャン代行業というのは、そんな僕にとって「利用してみたい」と思わせる魅力があるサービスです。
本の置き場には困っているものの、1冊1冊に手間をかけて処理していく時間がない。スキャンしたとしても、それを適切な設定で適切な美しさで実行する技術がない。誰かがそれをやってくれるなら、そんなにありがたいことはない、という発想です。
今のところそれを実行していないのは「これから電子書籍が発展してくれば、スキャンするよりそっちを買う方が、読みやすい本が手に入るに違いない」という気持ちと「せっかく買った本にメスを入れるのは忍びない」という気持ちがあるからなのです。その意味では、今回の浅田次郎さんのコメントは、よくわかります。でも、そうせざるを得ない状況もあるのだということを理解して欲しいのです。

今回問題になったのが「複製権」に関するものだということは理解しました。実はこれまで、僕はその点を理解していなかったので、スキャン代行業をなぜ批難するのか、よく解っていなかったのです。
でも、自分でスキャンするのが合法で、他人に代行してもらうのが違法という根拠がもう一つ納得できないのも本当です。昔、どこかの図書資料館で(割と貴重な本をあつかう場所だったイメージ)、資料を傷める可能性があるので、コピーを取る場合には図書館の職員にページを申請して作業してもらう、という経験をしたことがあります。理屈としては、それと同じですよね。

もちろん、デジタル化することによって「違法コピーが出回りやすくなる」というデメリットがあることは重々承知です。でも、今回問題になっているのは、その点ではなく、「複製権」に関するもののはず。
その点では、僕は東野圭吾さんの発言に、まったく納得がいきません。この二点を明らかに混同している発言だからです。
「電子書籍に対するニーズがあり、それに対して出版業界が対応できていない」という事実は、認めてもらわなければなりません。
「本をスキャンすること=海賊版の作成が目的」という理解をされてしまうのであれば、少なくとも、僕の感じている葛藤は、まったく出版側には届いていないということになります。


参考にした記事
■ebookuser「東野圭吾さんら作家7名がスキャン代行業者2社を提訴――その意図」
■ebookuser「スキャン代行業者提訴で作家7名はかく語りき」
■琥珀色の戯言「本の尊厳をこんなに傷つけられる世の中になるなんて」

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