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「氷菓」 クドリャフカ編 02

前回の記事では、「氷菓」の「クドリャフカ編」について、里志の話題を中心にまとめてみました。
今回は、前回書ききれなかった点について、書いてみたいと思います。

まずは、クドリャフカ編で目についた「これはちょっと…」という点について。
ここまでの「氷菓」のアニメ化については、プラス面ばかりが目についていたのですが、ここにきてマイナス面も見えてきた、というのは前回も書いた通りです。
特に、第16話は、色々な面で「1枚落ちる」と感じてしまいました。
まず、奉太郎が里志を部室の外に連れだそうとする場面で、里志に「やっぱり何か分かったね」と言わせたのはまずかったかと。原作では、えるだけが奉太郎が「考えている」ことに気づいていて、里志と摩耶花が「話し合いに参加しない」奉太郎にあきれているという構図でした。里志に「やっぱり」と言わせるのは、その対比をわかりにくくしてしまった感があります。
また、これは原作通りなので仕方がない面があるとはいえ、「ものすごく卑猥な話」がちょっと浮いた感じがありました。というのは、小説の奉太郎や里志は、やや斜に構えた発言が多く「一緒に悪事を働く共謀者」的な雰囲気を持っています。例えば「愚者のエンドロール」でも、里志が奉太郎に声をかけたのは学校のトイレで、奉太郎は「ビニ本でも見せてくれるのか」という発言をしています。「安心院」の読みにしても、二人が衒学的な側面を持っていて、その件についてもちょっとした競争心を持っており、それに関しては里志がデータベースたる所以の優位性があるという前提がないと、二人の掛け合いの雰囲気が伝わらない気がします。
実は、このあたりは、他の登場人物に関しても同様で、小説では初日の登校シーンで摩耶花が里志にクロスレンジのボディアッパーを放つのですが、アニメでは表現が柔らかくなっていました。あれも、里志の側のモノローグがないと、単に摩耶花が乱暴だ、で終わってしまいかねないからなのでしょう。
第16話でも、里志は自分の奉太郎への気持ちをストレートに表情に出しているし、奉太郎はえるの接近に照れているという、これまでのアニメ的改変も一緒に行われているので、原作的なキャラだからこそのそういう部分が、妙に浮いた感じになってしまったのではないかと思っています。

さて、ここで他の登場人物にも焦点をあててみましょう。僕が思うに、アニメ化に際して、一番割をくったのが摩耶花なのではないでしょうか。
というのも、アニメの説明だけでは、彼女がなぜ漫研で微妙な立場に立たされているのか、十分に説明できていない気がするからです。
もちろん、「私のは100枚落ちる」という台詞や、漫研での彼女の扱われ方で、ある程度の説明はできているでしょうが、漫研での派閥争いやその中での彼女の立場、漫画を売るという行為についての覚悟など、小説で書かれた彼女の思いを考えれば、大幅に「簡略化」されていることに違いはありません。
とはいえ、先にも書いたように、「里志との関係」という意味では、原作以上に強調されている部分があり、その部分については、決して簡略化されているわけではないのですが。
そうそう。「関係性」といえば、摩耶花が奉太郎に言った「ふふん。ばーか」の台詞も、原作読者の間では、演出が注目された台詞でした。というのもこの台詞、奉太郎がえるの頼みを断れきれないでいることについて、奉太郎が惚れた自覚がないのをからかった言葉(小説ではモノローグ)なのです。自分の中では、摩耶花が奉太郎の鈍感さにあきれて、ちょっと小馬鹿にした感じなのかなと思っていたら、アニメでは思い切りおかしがって笑っている感じでした。たぶん奉太郎がえるを無意識に受け入れることを喜ばしいことだと感じているからこその、あの反応なのだと思います。その前に漫研のことで落ちこんでいた彼女の表情が、立ち上がる時には少し明るくなっていましたしね。

最後に、えるの話。
彼女の造形が萌え系にふられているという件は、氷菓についての最初の記事で書いた通りなのですが、クドリャフカ編では、彼女の天然ぶりがいかんなく発揮されています。
遠垣内先輩との交渉では、女帝・入須のアドバイスを直接的に言い過ぎて支離滅裂になっていましたし、放送部の場面でもマイクに頭ぶつけてたりしました。
でも、あれは単純に「萌え」の要素を増やしているわけではなく、彼女の「頼み事」「交渉」へのスキルの無さを強調し、彼女が何に疲れているのか見ている側にわかりやすくし、彼女の「自覚」を自然なものにする効果があったと言えます。
そう言えば、彼女が最後に入須から助言を貰う場面。あれは、奉太郎の謎解きの前になっていました。里志と摩耶花が自分の壁に向かい合ったままであるのに対し、えるは自分の得手不得手をふまえて自分がどんな風にしたらいいのかを前向きに捉えている風があります。実際「雛」で、そういう話になるわけですし。それを踏まえて、やはりいい構成なのではないかと、改めて思います。

入須先輩といえば、奇術部での描写が詳しくなっていたり、手芸部でぬいぐるみを選んでいたりするだけではなく、えるとのやり取りでも表情がかなり豊かに描写されていました。
僕は、もともと入須先輩は「根は優しい人」と思っていたので、この改変は嬉しかったです。

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