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「氷菓」 連峰は晴れているか編

アニメ「氷菓」の第18話、「連峰は晴れているか」についての話です。

「連峰は晴れているか」は単行本未収録のエピソードです。これが掲載されている「野性時代」の56号は、ヤフオクではかなりの値段で取引されているようです。
僕は、アニメで「連峰」をやるとは知る前に、図書館で借りようと思ったのですが、予約待ちが多くて、まだ原作を読めていません。
それ故、いつものようにアニメならではの演出を分析することはできないのですが、例によって色々解釈できそうな話になっているので、今回はそちらを中心にまとめてみました。

これまでは、えるの「私、気になります!」に引っぱられて推理していた奉太郎ですが、今回は自ら「気になるんだ…」と漏らして、古典部の面々にビックリされたり、心配(笑)されたりしています。
前半のこの辺りは、かなりコミカルな描写になっており、摩耶花や里志には「前回までの屈託はどこに行ったんだよ」と言いたくなるくらい。
それが、後半になると、グッとシリアスな内容になってきます。
折りしも絵柄は、秋の夕暮れの神山市。落ち着いた雰囲気の中での奉太郎とえるの会話は、なかなか良い感じです。

奉太郎が今回気になってしまったのは「気をつけなきゃいけないことだからな」だそうです。
「大罪を犯す」でも奉太郎は人の心を解釈することを「気をつけるべきこと」と捉えていました。
「千反田の行動が読めることがあっても、心のうちまで読み切れると考えては、これはあれだ、大罪を犯している。傲慢ってヤツだ」という言葉です。
しかし、「大罪を犯す」では「安易に人の心がわかると思うのはいけないことだから、わかると思ってはいけない」という方向性だったのに対して、今回は、「安易に人の心がわかると思うのはいけないことだから、よくわかるように気をつけなければいけない」というように、前向きな考え方に変わってきているように思うのです。
「愚者のエンドロール」で、奉太郎は「自分は人の心を見ていなかった」ということを痛感しています。「クドリャフカの順番」でも、田名辺先輩の「行動」は読み解けても「動機」まではわからなかった。そういった経験を経て、彼にも変化が出てきたということでしょう。「クドリャフカの順番」のラストで、摩耶花の涙の後に気づいた描写(原作にはない)が追加されているのも、そういった変化の方向を踏まえてのことだと思います。
里志の気持ちについて奉太郎は何も気づいていないので、やっぱり奉太郎は成長していないという意見もネットでは見かけます。しかし、奉太郎は自分が特別だとは思っておらず(そう考えることを傲慢だと思っている)、里志を自分の仲間だと単純に信じ込んでいる(クドリャフカの描写では、奉太郎のフラットさが逆に里志を傷つけている感じがします)ために、里志の心情には無頓着になっているだけだと思います。その里志を知っていくのが、この後の「手作りチョコレート事件」なのですし、まだまだ成長の途上ということで。

また「実際にはあんなことがあったのに…」を重く捉えると、「ふたりの距離の概算」のラスト、「手はどこまでものびるはず」につながるテーマのような気がします。今の自分にはどうにもできない範囲の問題であっても、自分が無関心でいてよいわけではないという、自戒の念ですね。

ラストの場面でのもう一つのポイントは、奉太郎に対するえるの気持ちの変化です。
「今日は、折木さんの意外な一面が見られて、良かったです」と、少しはにかみつつ嬉しそうに言う、える。これは、もはや「あれ以外に考えられない」わけです。「fall in love」。
奉太郎が最初に「気になるんだ…」と漏らした時には、「何が折木さんの好奇心を刺激したのか、気になります」と言って、奉太郎に「こいつもたいがい失礼だな」と言わせています。この時点では、あんまりそういう雰囲気ないですよね。二人乗りの提案の時も、意識してないからこそ無頓着に言えるみたいな感じで。
しかし、奉太郎の推理を聞いた後では、なぜ奉太郎は今回は調べる気になったのか、「どうしても気になるんです」と、奉太郎の内面への理解を切実に欲しているようでした。えるの「折木さんらしくない」という表現を、奉太郎は「やらなくてもいいことはやらないからな」と、まだ前半のノリを引きずって自虐的に解釈しているのですが、えるの方はもっと真摯な気持ちでいる感じです。「意外な一面が見られて…」に対しても奉太郎は「もう勘弁してくれ」と同じノリを継続していて、その朴念仁さが彼らしいというか…。

ところで、一つ多いに「気になっている」ところがありまして、それは「えるがうまく言えなかったことが何なのか」ということです。
普通に解釈すれば、前述のように、えるが奉太郎の意外な一面を知って好意を持ったということなのでしょうが、それにしては、えるの表情が「嬉しさ」よりも「驚き」しかも、あまり良くない方向への驚きのように感じるのです。
そこで、こんな解釈を。
「小木はヘリが好きだったなぁ…なんて、気楽には言えない」の「好きだった…とは気軽に言えない」を取り出してみると、奉太郎がえるを、えるが奉太郎をどう思っているのか、簡単に「好き」という言葉で表現してよいのだろうか、という暗示になっているのではないかと。
しかも「だった」という過去形で表現されており「二度と会うことがない」状態を奉太郎は振り返っているわけです。自分たちの関係も、もしかしたらそう回想されることになるかもしれない…、という漠然とした不安というものを感じたのかもしれません。
時間というものは常に流れ去って、置き去りにされてしまうという残酷な真実があります。だから、青春は輝かしいと同時に悲しいものなのです。
前期オープニングのラストのフレーズは「全部過去になる前に見つけにいこう」で、フルバージョン(アニメでは流れませんが)のラストは「君が過去になる前に見つけるから」です。
テーマソングにもこういうテーマが示されているなら、今回のエピソードをそういった角度からとらえるのも、ありなのではないかと思うのですが、ちょっと強引過ぎるでしょうか?
もちろん、これは奉太郎とえるの関係が「過去になる」という予感ではないですよ。むしろ、そうしたくないという気持ち(無意識かもしれませんが)が働けば、それが前を向くエネルギーにもなるのです。

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