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今さらですが「TARI TARI」を語ります その3

今回は和奏(わかな)の話。
橋本監督は、雑誌のインタビュー等で「TARI TARIは五人が主人公」と話されていますし、確かに五人それぞれの見せ場があるわけですが、物語が和奏の「行ってきます」で始まり「ただいま」で終わることを考えると、やはり和奏がメインヒロインと考えてよいと思います。


ちなみに、冒頭の「行ってきます」ですが、この時には父親とちょっとしたことで言い争いをした後なので、「こんな怒ってる時でも挨拶するのか」と思わせるのですが、これが非常に重要な伏線になっています。
この「行ってきます」の意味は第5話で明かされるのですが、それによって、これまで和奏がどんな気持ちで毎日を送ってきたのか、痛いほどにわかってしまい、とても切なくなります。
一つの大きなエピソードや、印象的な台詞や、絵の見せ方で心情を描く描き方も好きではありますが、さりげない伏線があり、その意味に気づいた時にそこに隠された心情が垣間見えるという描き方は、もっと好きなのです。
それが「日常の中にある=常に意識されているものである」ということ、本人が「主張」するのではなく「思わず出てしまうものである」ことが、より心情を印象づけるのだと思っています。
この辺り、僕が「日常の謎」と呼ばれるジャンルのミステリが好きなことと関係があるかもしれません。


さて、「その1」でも書いたように、和奏は五人の中で最も音楽に対して関わりのある生徒として描かれています。
彼女の母親は白浜坂高校合唱部のOGで、合唱部の全国優勝に貢献しただけでなく、卒業後にもコンドル・クインズに楽曲を提供して大ヒットするなど、音楽の才能に恵まれた女性として描かれます。
幼い頃から母親の歌声を聞いて育った和奏も、音楽が好きな少女に成長しますが、音楽科の受験のプレッシャーから「音楽は楽しむもの」という母親の考えに反発し、ぎくしゃくした関係になってしまいます。ちょうど彼女が受験を終えた頃、母親は病気のために亡くなってしまうのですが、最後まで母親に謝れなかったことや一緒に曲を作る約束を果たせなかったことを後悔し、歌うことの意味を見失ってしまうのです。
そんな彼女が、どうやって歌うことの楽しさを取り戻していったのか。それは、合唱時々バドミントン部のメンバーとの関係や、父親、紗羽の母親、コンドル・クインズといった大人達が彼女と母親をつなぐ役目を果たしてくれたことなど、さまざまなつながりがあったからこそです。
迷っている時、沈んでいる時の心は、そう簡単に動くものではありません。音楽を捨てようと思ったり、捨てきれなかったりと迷う和奏の気持ちをていねいに描き、そして色々な結びつきの中で彼女の音楽への気持ち、母親への気持ちが前向きなものに変わっていく様子を描いたからこそ、和奏が初めて歌う第6話のラストが印象的なのです。
そして、後半。それまで周りに引っ張られていた和奏が、今度は周りの人を引っ張る役目を果たしていく。そこに、彼女の大きな成長が見てとれます。


ちなみに、彼女の家は江ノ島でお土産屋さんを営んでいるという設定です。奥津宮の近く、稚児ヶ淵に降りる階段の手前にある「あぶらや」というお店がモデルです。
店頭には彼女の似顔絵を描いた黒板が置かれ、レジ前にはTARI TARIグッズがさりげなく並べられたりしていますので、江ノ島に行った際には、ぜひ立ち寄ってみて下さい。

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