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今さらですが「TARI TARI」を語ります その1

「TARI TARI」は2012年7月から9月にかけて放送されたTVアニメです。
放送終了から間もなく二年になろうとしていますが、僕の中では未だに反芻されている作品です。
実は放映中にはブログの記事も書きませんでしたし、ツイッターでもほとんど感想をつぶやいていません。分析的に感想を述べるというよりは、どちらかというと触発されて「行動」になってしまうことの方が多かったですし、この作品の良さなんてのは「見ればわかるだろう」くらいの気持ちでいたわけです。
しかし、二年も経ってだんだん冷静に作品を振り返ることができるようになったり、他の作品(アニメだけでなく漫画や小説なども)を見ている時に「でもTARI TARIでは~だったよな」などと思ってみたりしているうちに、この作品の好きなところが段々わかってきたような気がするのです。

「TARI TARI」は非常に大雑把な分類をすると「部活物」の作品です。声楽部を退部した来夏(こなつ)が音楽科から普通科に転科してきた和奏(わかな)や友人の紗羽(さわ)を誘って合唱部をつくる、という流れで始まります。最低五人集めないと部として認められないことから、男子生徒二人(田中&ウィーン)を巻き込むエピソードもあります。

部員集めのエピソードは部活物のアニメや漫画では古典的なものですが、「TARI TARI」が特異的なのは、集まった五人のうち、本当に歌を歌いたいと思っているのが来夏と和奏だけだ、という状況です。
普通、この種の物語では、これまで活動に興味のなかった相手が何かをきっかけに一生懸命になったり、別のことに夢中になっていた相手が活動へと興味の対象が移ったりすることが多いのです。が、その変化があまりに唐突であったり、心情の描写が浅かったりすると、僕はあまり共感することができません。

「TARI TARI」の場合には、来夏と和奏の二人には、歌にまつわるエピソードをきちんと用意し、彼女らがどう歌と向き合っていくのかをしっかり描いています。何しろ来夏が第1話で和奏を誘ってから和奏が歌うまで6話もかけているのですから。
それ以外の登場人物に対しては、無理に歌に気持ちを向けようとしない。でも、それは決して歌の存在が軽いわけではないのです。彼らが何かと向き合う中で感じているものを、歌という形で表現することで、迷いに立ち向かうことができる。歌のみが彼らの全てではないけれど、歌うことで出来ることもある。「~たり、~たり」というタイトルが示す通り、迷いながら進んでいく彼らの生き様が、まさしくこの作品のテーマでもあるのです。

1回でまとめるつもりが、まとまりきれませんでした。和奏・来夏にとっての歌の意味、田中にとっての合唱時々バドミントン部、紗羽と和奏・来夏の関係、ウィーンの存在感などなど、書きたいことがたくさんあるので、シリーズ化する予定です(笑)。

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