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2016年4月

東北旅行記04

最終日。今日はお昼過ぎには仙台を出発しなければなりません。あまり多くの場所は回れないので、やはり「桜の下で待っている」の舞台になっている瑞鳳殿に行くことにしました。瑞鳳殿は、初代仙台藩主・伊達政宗公の墓所で、市内を循環している観光バス、仙台るーぷるで十分ほどの距離にあります。
仙台るーぷるのバス停は、瑞鳳殿へと続く急な坂道のすぐ下にありました。坂道を登る人に無料で貸し出される杖が置かれた駐車場の横を通り、坂を上り始めます。坂道が石段に変わる辺りで、瑞鳳殿へ登る石段と、下ってくる階段の分かれ道がありました。「桜の下で待っている」では、主人公の男性が中学時代の同級生と偶然に行き合う場面があるのですが、その場所はこの辺りなのかなと考え、写真を数枚撮影。後で本を確認したところ、行き合うのは石段に入る前で、もう少し下の方でした。足を運ぶ前に確認しておけば良かったと後悔したのですが、後の祭りです。
高い杉の木立に囲まれた長い石段を上りきると、そこが瑞鳳殿の入り口。料金を払って中に入ります。ちなみに「桜の下で待っている」の同級生は、妊娠して安定期に入った後の運動に瑞鳳殿の階段を散歩しているという設定なのですが、有料のエリアを通らなくても、料金所のわきにある細い道を通って先に進むことができるようになっています。
そこから先は死者の世界と言われる涅槃門をくぐり、さらに石段を登ると拝殿があり、その前には梅が咲いていました。梅の写真を取っていると、ボランティアのガイドの方が、この梅は臥龍梅と呼ばれ、朝鮮出兵の時に伊達政宗公が母親に見せるために持ち帰ったものと云われている、という話を聞かせて下さいました。
平日で他の参拝者が少なかったこともあり、ガイドの方が随分とたくさん説明して下さいました。瑞鳳殿の場所は政宗公の遺言で指示されていたこと。政宗公が亡くなったのは江戸の上屋敷であること。死因がガンであったこと。重い病気を押して家光公に拝謁し、病状を心配されたこと。遺体は防腐処理をされて江戸から仙台まで運ばれ、駕籠のまま地下の石室に安置されたこと。瑞鳳殿は戦災で焼失し、現在の建物は戦後再建されたものであること。現在拝殿と瑞鳳殿の間にある礎石は、昔の拝殿のもので、前は拝殿と瑞鳳殿が隣接していたこと。その当時は拝殿からしか参拝できず、瑞鳳殿のすぐ前に行くことはできなかったこと。再建の際に石室の調査が行われ、政宗公の血液型や身長も調べられたこと。政宗公の像は本人の希望により両目が開いたものになっていること。瑞鳳殿の両脇にある石灯籠は、政宗公の死にあたって殉死した家臣のものであること。などなどです。こうして色々な話を聞くと、歴史上の人物である政宗公に、親しみがわいてきます。
ガイドの方にお礼を述べ、瑞鳳殿に参拝した後、資料館ものぞき、瑞鳳殿を後にします。そして、少し離れた場所にある二代忠宗公の感仙殿、三代綱宗公の善応殿へも参拝。こちらは、二棟が並んで建っています。

再び長い石段を下り、バス停へ。少し離れたところに駅に向かう路線バスのバス停があったのですが、まだ時間に余裕があるので、仙台るーぷるに乗って市内を一回りして帰ることに。観光バスなので、市内の観光名所の案内を車内放送で流してくれるので、乗っているだけでも観光気分に浸れます。
印象に残ったのは、やはり仙台城でしょうか。仙台城へ向かうバスは、かなり急な坂を登っていきます。バスのアナウンスでも「山城」と紹介されていました。「中世=山城」「近世=平城」というイメージがあったので、少し意外でした。また、市内を流れる広瀬川を何度も横切りますが、僕は「青葉城恋唄」をリアルタイムで聴いている世代なので、なんとなく懐かしい気分になります。

仙台駅に戻り、昼食を食べてから列車に乗ろうと思っていたのですが、駅ビル地下の食堂街に行ってみるとどのお店も行列ができており、列車の時間に間に合わない可能性を考慮して、駅弁を購入して列車に乗ることに。駅構内に全国の駅弁を扱うコーナーがあり、大船軒の「鯵の押し寿司」も販売されていました。せっかくなので地元の駅弁をと思い、吉田屋という駅弁屋さんの「復幸炙りかきとうにめし」を購入(後で調べたら、仙台ではなく八戸の駅弁屋さんだったのですが)。僕は生牡蠣はあまり好きではないのですが、炙ったかきと、かきのエキスで炊きあげたご飯はとても美味しかったです。
列車に乗ってしまえば、後は帰るだけ。ポメラを使って今回の東北旅行の記録を書いたり、TwitterのTLを読んだりしていました。福島・郡山・黒磯で乗り換え、後は上野までという予定だったのですが、古河駅でとなりのホームに停車している湘南新宿ラインを見たら、かなり空いていたので、久喜でそちらに乗り換えました。古河駅は始発駅ではないですし、乗り換え時間が2分しかなかったので、乗り換えはしない予定だったのですが、僕の乗っていた列車は快速列車だったので、久喜駅では9分の乗り換え時間がとれました。これで、後は最寄り駅まで一本です。

「桜の下で待っている」の舞台探訪が今回の旅のメインテーマだったのですが、この本に対する愛着がますます深まりました。
「現地に行かなくても、小説の描写で十分味わえるのでは?」という考えもあるかもしれませんが、僕は漫画でもアニメでも映画でも、好きな作品の舞台には実際に行ってみたくなるタイプの人間です。それは、作品の描写の不足を現実で補う作業ということではなく、物語世界の中に自分の身を置く感覚を味わいに行くことなのだと思っています。
そして、もう一つ。復興の途上にある東北の姿に触れたことは、非常に強く印象に残っています。無論、現地の方々や震災直後から被災地に関わってきた方々からすれば遅すぎる訪問かもしれませんが、自分が飲み込まれ過ぎないような距離感を保つには、ちょうどよい時期だったのかなとも思っています。「もう五年」なのではなく「まだ五年」なのだということが、実感できた旅行でした。

posted by (C)akira

東北旅行記03

3日目の朝、まずは花巻駅で「ハルチカ」のカット合わせの写真を撮影しました。カット合わせ用のスクリーンショットは、昨晩ネットで検索しました。全部のカットが見つかったわけではないので、そこは曖昧な記憶を頼りに。
その後はバスで宮沢賢治童話村・宮沢賢治記念館へ。ここも塩屋埼灯台やマルカンデパートと同様に「桜の下で待っている」の舞台になった場所です。
宮沢賢治は、僕もある程度は読んでいるのですが、童話系では僕はどちらかというと芥川龍之介の方が好きで、宮沢賢治は象徴的すぎるように感じてしまって「大好き」というほどではありません。
ただ、「桜の下で待っている」もそうですが、「文学少女」シリーズの「〝文学少女〟と慟哭の巡礼者」や「ビブリア古書堂の事件手帳」でも宮沢賢治の作品が題材となっていて、そこで語られる賢治の作品というのはすごく魅力的に見えるのですよね。
花巻駅から宮沢賢治記念館まではバスで20分ほど。朝早かったせいか車で観光する人が多いせいか、そのバスを利用して記念館に行ったのは僕一人だけでした。
最初にバスの中から見えたイーハトーブ館という場所に行きました。ここは宮沢賢治に関する書物を閲覧できたり、講演会を行うホールがあったりする施設のようです。今日はそこまで長い時間はいられないので施設内には入らず、イーハトーブ館から記念館へ続く「ポランの広場」という公園を散策しました。賢治が設計したが実現できなかったという南斜花壇・日時計花壇が作ってあったり、タイルを使った作品のイメージ画が描かれていたりしました。冬なので花壇にはわずかに芽が出ているくらいで、もっと花の咲いている季節であれば美しかったのではないかと思います。
雑木林に囲まれた道を上って記念館に辿り着きましたが、こちらは後回し。バス停近くに降りる長い階段を通って、童話村の方を先に見学します。
童話村には広い庭があって、賢治の作品に出てくる山野草が見られる小径があったり、様々なオブジェが置かれていたりしますが、全部見て回るだけの時間と体力がないのが残念(笑)。入場券を購入して「賢治の学校」へ入場。ここは、宮沢賢治の童話の世界を体感できるような施設になっています。「桜の下で待っている」の描写が秀逸過ぎて自分の文章で書く気がしないので、ここがどんな場所か知りたい方は、是非「桜の下で待っている」をお読み下さいませ(笑)
次に同じ敷地内にある「賢治の学校」へ。こちらは、賢治の作品に登場する石や鳥や動物や星などを、作品内の文章と写真・音声などを使って体験してもらう施設です。鳥の鳴き声が流れたり、動物の毛皮を触ることができたり、なかなか凝った展示です。
僕は結構あちこちの文学館に行っている方だと思うのですが、作品や人物の解説、直筆原稿や遺品の展示などをしている文学館より、作品世界を体感できるような施設の方が好きです。これまで訪ねた中では、金沢の泉鏡花記念館が好みなのですが、童話村はそれに近いものがありました。
さて、次は記念館の方です。が、実は朝食を食べていなかったので、記念館を見る前に、敷地内にある「山猫軒」というレストランで少し早めの昼食をとりました。もちろん「注文の多い料理店」にちなんだ名前で、店の入り口には「どなたもどうかお入りください 決してご遠慮はありません」「ことに肥ったお方や若いお方は、大歓迎いたします」などと書かれた看板も掛かっています。
食事の後は記念館へ。「桜の下で待っている」には記念館の描写もあるのですが、こちらは2015年4月に展示がリニューアルされたようで作中の描写とは様子が違っています。
「科学」「芸術」「宇宙」「宗教」「農」という5つのコーナーに分けられた展示になっていますが、どうも作品内容や作品世界を解説するというより、物語が生まれた土壌となる「科学者としての賢治」「農業人としての賢治」という切り口で賢治を紹介しようという展示のように思えました。
特別展では『「銀河鉄道の夜」はどう生まれたのかー 草稿の謎にせまる』という展示を行っており、これが先にも書いた「〝文学少女〟と慟哭の巡礼者」に出てきた内容を思い起こさせるもので、非常に興味深かったです。帰りに売店でこの展示の図録を購入してしまいました。
「銀河鉄道の夜」の原稿を、原稿用紙の紙の質や、校正に使われたインクの質などから分析し、どのように原稿が修正されていったのかを研究しているわけですが、執筆環境がデジタル化した現代の作家の場合、こういう形での作品成立の研究はできなくなるんだろうな、みたいなことも考えてしまいました。

一応帰りのバスの時間は調べてあったのですが、それに間に合う時間には周りきれなかったので、帰りは新花巻駅まで歩ききました。下り坂なのでそれほど大変ではなく、所要時間は20分ほどでした。
実はこちらの駅も「ハルチカ」に登場したので、もともと帰りはバスでこちらに出るつもりだったので問題ありません。駅前の風景を撮った後は、駅の待合室で高校野球を見ておりました。
新花巻から釜石線で花巻駅へ戻ってきました。釜石線の時間が合えば遠野あたりまで往復しようかとも思っていたのですが、適切な時刻の列車がありませんでした。すぐに仙台に向かってもよかったのですが、それももったいないので、宮沢賢治の墓所がある身照寺まで行ってみることにしました。ネットで調べると徒歩20分とのことですので、往復で1時間。1時間半後に上り列車があったので、ちょうど良い時間です。身照寺は「ハルチカ」にも出てきたので一石二鳥。
徒歩で身照寺に向かうと、途中に「ぎんどろ公園」という公園がありました。公園内の案内を読むと、賢治の勤めた「花巻農学校」の跡地なのだそうです。ぎんどろ公園を過ぎるとすぐに身照寺です。賢治のお墓に手を合わせ、戻ってきてちょうどよい時間でした。
花巻を15時38分に出発。一ノ関・小牛田で乗り換えて、18時23分に仙台着。すぐにホテルにチェックインしました。連日、長い時間列車に乗っているので、流石に疲れており、しばらくはホテルで横になっていました。夜9時近くなって、夕飯を食べに外出。特にお店は調べてなかったので、とりあえずはアーケード街に向かいました。仙台名物・牛タンのお店が目についたので、東京ではみかけない系列のお店を選んで入店。大盛で2000円と少し奮発しましたが、とても美味しかったです。

旅行記をまとめるにあたって確認のためホームページを調べたのですが、賢治関連の施設のホームページがわかりにくいので、リンクをまとめてみました。

■宮沢賢治イーハトーブセンター
http://www.kenji.gr.jp/
■ポランの広場
http://www.iwatetabi.jp/spot/detail/03205/891.html
■宮沢賢治童話村
http://www.city.hanamaki.iwate.jp/shimin/176/181/p004861.html
■宮沢賢治記念館
http://www.city.hanamaki.iwate.jp/bunkasports/501/miyazawakenji/p004116.html
■宮沢賢治関連の観光資源データベース
http://www.kanko-hanamaki.ne.jp/marugoto/category.php?c=3

posted by (C)akira

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