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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

聖地巡礼に思うこと(後編)

さて、ある意味、ここからが本題。なぜ、両者でそのような違いが出来たのか。なぜ、僕自身がそのことでこんなに寂しい気持ちになるのか、です。

高山のケースもそうですが、アニメの聖地巡礼で注目されるのは「経済効果」です。これは前編でリンクしたような、銀行や自治体の試算だけでなく、現地の方々の「今までとは違う客層が増えた」という実感をもって語られることも多いのです。高山でも江ノ島でも、僕がお邪魔したお店で実際に聞いたお話でもそうでしたし、ネット上でもこのような言説は多く見受けられます。
ですから、「経済効果への実感」という点では、特に江ノ島が影響が少なかったということではないはずです。しかし、その経済効果を持続させるべく、ファンに通ってもらうにはどうすれば良いかという工夫をした高山と、制作側主導のイベントで終わってしまった江ノ島・鎌倉との違いなのではないでしょうか。
聖地巡礼というと「町おこし」という文脈で語られることが多く、「TARI TARI」と同じP.A.worksが制作した「花咲くいろは」で話題になった湯涌温泉などは、そのケースの代表例です。しかし、高山にしろ鎌倉にしろ、アニメの効果がなくても充分に観光客が集まる超有名観光地という点では同じです。しかし、新たな客層の開拓という意味での意識の違いはあるのかな、と感じています。

もう一つの理由として考えられるのは、映像化される頻度の違いです。「氷菓」の神山高校のモデルとなった斐太高校は、ドラマ「白線流し」でも話題になったことのある学校です。映像化に縁が無い場所ではありません。しかし、鎌倉の方は、ここ数年だけでも「最後から二番目の恋」(ドラマ)・「ビブリア古書堂の事件手帳」(小説・ドラマ)・「タイヨウのうた」(映画・ドラマ)・「とめはね!」(漫画・ドラマ)・「つり球」(アニメ)、「青い花」(漫画・アニメ)・「ねらわれた学園」(アニメ)と盛りだくさんです。当然、一作一作に思い入れを持つことがしにくい状況とも言えます。
さらに、「氷菓」の場合には原作者の出身地であるという事情が、作品への後押しへとつながったという要素もあるかもしれません。

さて、聖地巡礼というと、最近アニメファンが始めた「変わった現象」として語られる雰囲気を感じるのですが、僕の個人的な経験からすると、それは最近に始まったことではありません。
中学三年の時に「すくらっぷ・ブック」という小諸を舞台にした漫画が好きで、高校1年生から大学生時代にかけて、6回も小諸を訪れました。小諸というと島崎藤村記念館と寅さん記念館があることでも知られていますが、個人的には「すくらっぷ・ブック」の舞台なのです。ちなみに、最近「あの夏で待ってる」というアニメが小諸を舞台としており、ある程度の経済効果を上げていると聞いています。
さらに、大学時代には大林宣彦監督の尾道三部作に夢中になり、尾道にも5回ほど行ったことがありますです。最初は映像の記憶を手探りに同じ風景を探し歩いたわけですが、最後の方は、同じ需要がかなりあったらしく、観光協会で作ったロケ地マップが配布されていたと思います。
さらに言うならば、小説や短歌・俳句の舞台になった場所に記念碑や歌碑・句碑が建つのは珍しいことではなく、さらに作家の記念館が建つ場合もあります(先ほど挙げた小諸の藤村記念館のように)。そして、それらは、当たり前のようにガイドブックに紹介されるメジャーな存在になっているわけです。
そもそも、松尾芭蕉の「奥の細道」からして、西行の和歌の「歌枕」を訪ねる旅だったではないですか。
そういう風に振り返ってみると、アニメファンによる聖地巡礼というのは、昔からある作品の楽しみ方の一つであり、何も特別なことではないはずなのです。
僕が常々リアルな会話(ネット上での会話に対しての用語)で思うのは、小説や映画の話は普通に通じても、アニメの話になるととたんに通じにくくなる、ということです。ジプリアニメやエヴァンゲリオンのような超メジャー作品であればともかく、その他の作品の話題は本当に通じないんですよ。「まどか☆マギカ」なんかも、リアルな会話ではほとんど通じたことがありません。
昔と違ってアニメの放送される時間帯が深夜枠に移行しているというのはあるかもしれません。放映期間も普通は1クール(12話か13話)、長くて2クールです。昔のテレビアニメはもっと長かった記憶があるので、作品も次々に入れ代わり、周知される間もないのでしょう。
それでも、鎌倉関連の話題からは、テレビドラマの話題はよく聞こえてくるのに、漫画やアニメの話題はほとんど聞こえてこないのは、なぜなのだろうと思うのです。先日マンガ大賞を受賞した「海街diary」は、鎌倉の街の風土をとてもよく表現していると思うのに、江ノ電ハウスで開かれた原画展以外、イベントがあったという話を聞きませんし、何かの広告に使われたという話も聞きません。ましてや、「TARI TARI」の知名度の低さは言うまでもありません。
どうも、漫画は「小説」や「ドラマ」に比べても一段低いもの、アニメはさらに一段低いものと見なされている雰囲気を、ひしひしと感じてしまうのです。

そして、もう一つ。他の方はどうかわかりませんが、僕は漫画やアニメの舞台となった場所を訪れる時には、フィクションの世界をリアルな世界に持ち込む「引け目」のようなものを感じます。「前編」で、「伝統のあるお祭りに、個人的には思い入れがあるものの、地域の方々全員にはそうではないであろう一作品が、ここまでコミットするのはどうなのかな…と思う部分もありました」と書いたのは、そういう意味です。他にも、「作品の舞台となった場所」に行くことで「作品世界」を体験にしに行くわけですから、そこに「作品化された世界」があるとメタフィクションになってしまうわけで、あまりよろしくないという面もあるのですが。

ところがです。高山では、アニメのキャラクターを使ったお祭りのポスターをですね、街の各所に貼って下さるのです。メタフィクションの世界はよろしくないと言いましたが、そのポスターがリアルな世界にあってもおかしくない非常によいデザインだったというのもあるかもしれません。お祭りを準備される方が、看板の文字をアニメで描かれていたものに似せて作ってくださったという話も聞きました。たくさん訪れるであろうファンのために準備していただいたお弁当の中に、作中に飛騨名物として登場する料理を入れて下さったりもするわけです。
また、僕が街中を散策していて気づいたのは、ここではよくファンが写真を撮るだろうなという作中の舞台に、さりげなくポスターが貼ってあるのですね(生きびな祭のではないものです)。観光地でもない所で写真を撮るというのは、多少気が引ける部分もあるのですが、そういう風にポスターがあったりすると「あ、写真撮らせてもらってよいというメッセージかな」と思ってすごく安心しました。
それに、お土産を買わせてもらったお店の方とかですね、お祭りで警備をされていた方とかですね、本当ににこやかに対応して下さるんですよ。よくファンが行く場所で、先方から声かけていただいたり、遠方から来てくれてありがたいというお言葉をいただいたこともあります。

街の皆さんがですね(全員ではもちろんないにしても)、「あんなのはリアルな世界じゃないよ」と斜に構えるのではなく、「ここはあの作品で描かれた通りのよいところですよ」と、作品そのものも、作品に対する自分たちの愛情も、きちんと肯定してもらっている感じが、ものすごくするのです。
僕が「TARI TARI」の面影が江ノ島からなくなっていくことを、ひどく寂しく感じるのは、作品を深く長く愛していこうと思う自分の気持ちを注ぐことの出来る対象を、そこに見いだすことができなかったからなのだろうな、と思います。

「氷菓」も「TARI TARI」も、僕の中では、ずっと後になっても折にふれて思い出すことになる作品だろうなと思っています。できれば、これから後の時間を生きる人達にもこの作品に触れる機会を与え、その思いを共有できる何かが、あり続けて欲しいと思うのですが…。

聖地巡礼に思うこと(前編)

4月3日に、飛騨一ノ宮で行われた水無神社の生きびな祭に参加してきました。僕のブログを読んでくれている方ならおわかりのことと思いますが、米澤穂信さんの古典部シリーズ「遠まわりする雛」で水梨神社の行事として登場したお祭りです。尤も、僕は古典部シリーズの神山市が高山市をモデルにしたものだとは、小説を読んだ時には全く気づかず、アニメ「氷菓」で初めて知りました。そういう意味では、アニメ「氷菓」で生きびな祭を知ったと言ってもよいでしょう。

さて、放送終了半年を迎えてなお、聖地巡礼で盛り上がる高山を見てきて、もう一作、同時期に僕の心を捉えた作品「TARI TARI」の聖地、江ノ島・鎌倉はどうであるか…と考えるに、あまりの落差にどうにもやりきれない気持ちがしました。
自分の好きなアニメを舞台となった場所が広報してくれないくらいで落ちこむほどヤワではなかったはずなので、この気持ちは一体なんなのだろうと考えてみたところ、いくつか思い当たることが出てきたので、それについてまとめてみました(しかし、長い前置きだ……)。

さて、状況の分からない方のために、「氷菓」と「TARI TARI」二つのアニメ作品について、舞台となった場所がどのように反応したのか、まず、それを説明しておきましょう。ある意味、見事に対照的です。

僕が「氷菓」の舞台となった高山市を、それと意識して訪ねたのは2012年7月のことでした。僕は以前にも数回高山に行ったことがあったので「氷菓」のオープニングを見た時点で、すぐに高山であることに気づきました。そして、ネットの情報を通して、高山が原作者の米澤穂信さんの出身地であることや、古典部シリーズの記述がもともと高山市をイメージしたものであるということを知ったのです。
「氷菓」の放送は4月下旬からでしたが、ネット上では、すでに聖地巡礼の報告が多く存在し、特に主人公が利用する店として登場する「バグパイプ」と「かつて」というお店には、ファンが大勢やってきて、交流ノートも置かれているという話が伝わっていました。また、高山市の広報スペースである「まるっとプラザ」には、「氷菓」のコーナーが作られ、ここにも大勢のファンが訪れているということでした。また、新聞でも高山への聖地巡礼が取り上げられたりしていました。(岐阜新聞の記事はすでにwebから削除されているため、タワーレコードさんのツイートをリンクしておきます)
僕が高山を訪れた日にも「バグパイプ」の店内には、一目でそれとわかる「氷菓」のファンが大勢いましたし、市内で写真を撮るファンの姿も見かけました。
しかし「氷菓」のポスターを見かけるのは、その二つの店内(僕はその時は『かつて』さんには入っていないのですが)と「まるっとプラザ」、そしてもう一箇所、個人的に氷菓のファンでいらした「中田中央薬局」さんくらいであり、その他はいつも通りの高山市という印象でした。

一方、「TARI TARI」の放送開始は2012年7月。放送開始後に僕が初めて浄智寺を訪ねたのが8月1日。主要登場人物の家に設定された場所なので、ポスターの1枚でも貼ってあるかな…と思いつつ行ったのですが、いつもの浄智寺と全く変わりない状況でした。
僕が本格的に「TARI TARI」の聖地巡礼に臨んだのは、8月13日のことでした。ちょうどこの期間、江ノ島では「TARI TARI」のスタンプラリーが開催されており、鎌倉高校前駅や江ノ島駅にはポスターが貼ってありましたし、江ノ島の島内には、至る所にポスターや幟がありました。島内のお店で買い物をするとポストカードがもらえるという企画もあり、僕も何枚かポストカードを手に入れたのです(コンプリートはしませんでしたが)。この時、主人公の一人である和奏の家のモデルになった「あぶらや」さんは、非常にたくさんの人で混雑していて、僕は入るのを断念して店頭のディズプレイを撮影するに留まったのでした。
8月26日には、神沢利子さんの企画展が開催されていた鎌倉文学館に行きました。ここも主要登場人物の家に設定された場所なのですが、特にいつもと変わりない状態。その後で江ノ島にも行ったのですが、こちらはまだスタンプラリーの開催中。この日も「あぶらや」さんの店内には入らずに帰ってきたのでした。
放送終了後の9月30日には、江ノ島でライブイベントが開催され、物販も行われました。僕はこの日は仕事だったので、最初からイベントには申し込まなかったのですが、台風が接近する荒天の中、多くの人が集まった様子は、2chのスレで読んでおりました。

というわけで、アニメ放映中は、「TARI TARI」は制作側主導のイベントでにぎわいを見せていたものの、江ノ島以外の場所はいつもと変わらず、かなり温度差を感じたのも確かです。一方。「氷菓」は制作側のイベントがあるわけでもなく、一部で熱い盛り上がりを見せているに留まっていたわけです。

その状況に変化が訪れたのは、秋のことです。
高山では、一部有志の主催で「神山高校文化祭」と銘打ったイベントが開催されました。同人誌の即売会と、「かつて」さんと「バグパイプ」さんを会場にしたコスプレ可のイベントだったと記憶しています。
一方、江ノ島では「TARI TARI」の面影は急速にうすれていきます。僕が久しぶりに島内に入ったのは11月ですが、「あぶらや」さんの店頭にポスターの掲示は続いているものの、それ以外でポスターやキャラクターグッズを見かけることはほとんどなく、ポストカードの配布は1店舗のみで続いているという状況でした。
この時、やはり作中に登場した商店街にも行ったのですが、こちらでもポスターを見かけたりということは、一度もありませんでした。

高山の方では、秋から冬にかけて、「氷菓応援委員会」さんが中心となって地元の商店への働きかけを行い、ポストカードやコースター、氷菓米など、地元発のキャラクターグッズが発売されるようになっていました。
そして、今年3月。「氷菓」の最終話で登場した生きびな祭が開催されます。僕は、このお祭りが飛騨一ノ宮の神社で開催されるお祭りであることをアニメで初めて知り、今年はぜひ行ってみようと思っていました。
そこに思いがけないニュースが入ってきます。今年の生きびな祭は「氷菓」とのコラボレーションが実現し、各種イベントが開催されるとのこと。この時点では、伝統のあるお祭りに、個人的には思い入れがあるものの、地域の方々全員にはそうではないであろう一作品が、ここまでコミットするのはどうなのかな…と思う部分もありました。しかし、実際に足を運んでみて、お祭りや町の雰囲気を見ると、あれはあれで良かったのかもしれないと感じています。詳しくは、また後で。

さて、最初に「対照的」と書いた意味がおわかりいただけたでしょうか。
イベントが盛り上がった時期が「放映中」なのか「放映後徐々に」なのか、イベントを主催しているのが「制作側」や「自治体」なのか、「地元の方」なのかという点です。
僕は、毎期数本のアニメを見るようなアニメ好きではありませんので、その他のアニメの聖地巡礼については、間接的な情報しか知りませんが、いわゆる聖地巡礼で盛り上がっている場所というのは、地元主導型であり、制作側主導の場合は、あまりうまくいかない場合が多いようです。

2012年を振り返って

さて、2012年も残すところ今日1日となりました。今年最後の記事は、激動の2012年を振り返ってみたいと思います。

■アニメの特異年
僕は「機動戦士ガンダム」も「新世紀エヴァンゲリオン」もジブリ作品も「サマーウォーズ」も好きなある程度のアニメファンではありますが、TVアニメを通年追い続けるほどのアニメファンではありません。しかし、今年は「氷菓」「TARI TARI」という2本のアニメに出会い、毎週テレビ放送を見るのはもちろん、録画やニコニコ動画で何度も見直し、DVDやBDだけではなく主題歌や挿入歌のCDまで購入し、あげくの果てには舞台となった高山や江ノ島まで写真を撮りにいくという、アニメヲタク以外の何者でもないという活動をしておりました。
GWにアニマックスで再放送のあった「魔法少女まどか☆マギカ」にもはまり、速攻でDVDをそろえただけでなく、劇場版にも足を運び、ソウルジェムのイヤホンジャックを箱買いしてみたり、キュウベエのぬいぐるみをクレーンゲームでゲットしたりとかもしていたのです。
さらに、「宇宙戦艦ヤマト2199」の第1章~第3章は素晴らしいできばえだったし、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」は相変わらず引きがあざといし、「ねらわれた学園」が鎌倉を舞台にアニメ化されるという事態。普通の年であれば「おおかみこどもの雨と雪」の公開だけでも話題になるのに、今年はそれ以上にインパクトのある作品が多すぎました。
今年の僕のアニメへのはまりぶりは、今年のこのブログの記事の長文ぶりを読んでいただければおわかりになるかと…。というわけで、宜しければぜひ過去ログもご覧下さいませ。

■初のグループ展に出展
町田の「SIGHT BOX」さんで行われた写真展「東京シャッターガール」に出展しました。これは桐木憲一先生の漫画「東京シャッターガール」とのコラボで、「東京シャッターガール」に登場した街を実際に写真撮影して展示しようという企画でした。
僕はこの漫画にも登場する大村祐里子さんのブログ数年前から覗かせていただいており、昨年今年と写真展にもお邪魔したのですが、「東京シャッターガール」も大村さんがツイッターで紹介してくれたのをきっかけに知り、愛読していたのでした。
そして、今回、好きな漫画とのコラボでもあり、敬愛する大村さんが出展する写真展でもあり、僕の得意分野と自負する街撮りが活かせる写真展でもあろうということで、写真展初参加という身でありながら、思い切って申し込みをしてしまったのです。
写真展に出展してみて、たくさんの方に写真を見ていただいただけでなく、日頃写真について考えていることを忌憚なく話すことのできる出展者の方々と接する機会が持てたことは、僕にとって本当に幸せなことでした。
それだけでなく、漫画の作者である桐木先生とご一緒させていただく機会もあり、さらに作品の中で写真展会場の様子も再現していただき、この漫画は自分にとってこれまでにない愛着を感じる作品になりました。
年明けの5日から、池袋駅前の「あうるすぽっと」で原画&写真展の巡回展も開催されます。この写真展からの流れは、まだまだ先が続きそうな予感がしています。

■ますます鎌倉への愛着が…
今年の1月、鎌倉の扇ケ谷にあるカフェテールベルトさんに初めてお邪魔しました。昨年の秋ごろにツイッターで偶然見つけたお店で、店内に本が置いてあって読めるようになっているところが琴線に触れいつかお邪魔したいと思っていたのです。初めてお邪魔した時に、店主の湯川さんと2時間くらいずっと本のお話をしてしまいまして、それですっかり味をしめ、それ以降ちょくちょく入り浸っております。鎌倉ではずっと写真を撮ってばかりだったのですが、最近は長時間撮影を続けるのが体力的に厳しくなってきたこともあり、ちょくちょくお店で休憩することを覚えてきたので、尚更です。
同じくツイッターを通したご縁で、長谷のウーフカレーさんや六地蔵のビター・スィートさん、八幡宮近くのLifeさんにもお邪魔するようになり、いまやお店にお邪魔することが撮影と同じくらい鎌倉に行く目的となっていると言っても過言ではありません。
さらに、最初に書いた通り、鎌倉・江ノ島を舞台とするアニメ「TARI TARI」にはまった影響で、例年だと年に1回くらいしか行かない江ノ島に今年は3回も行っているなど、さらに鎌倉熱が過熱しています。
実は大晦日もテールベルトさんにお邪魔する予定。来年もよろしくお願いします。

■「なぎさボーイ」復活
氷室冴子先生は、僕の大学時代に最も影響を受けた作家で「この人に出会っていなかったら人生が変わっていただろう」と思える何人かの中の一人です。しかし、先生が亡くなってしまった事やジュブナイル小説(まだライトノベルなんて言葉はなかった)の世界を活躍の場とされていたこともあり、氷室先生の作品はほとんど絶版状態でした。ファンの間でも、このままでは氷室先生の作品が読めなくなってしまうので、全集を出版して欲しいという声が上がっているほどです。
しかし、今年、コバルト文庫から「月の輝く夜に」という単行本未掲載の短篇が出版され、その際に別シリーズの単行本未掲載の短篇も収録されました。もう新刊は出ないものと思っていただけに感激です。
さらに氷室先生の作品が次々と電子書籍版で刊行され「絶版で読めない」という危機は回避される方向に動いています。良かった、良かった。

というわけで、1年前と比べるとすっかり自分をとりまく世界が変わってしまったかのような感のある、激動の1年でした。
リアルでもネットでも色々と新しい出会いがありましたし、「そこで何ができるか」という点についても、これまでとは少しずつ気持ちが変わっている部分もあります。
2013年はどんな年になるやらわかりませんが、来年もよろしくお願いいたします。

2011年を振り返って

2011年も、いよいよあと三時間ほどを残すばかりとなってきました。

身内に大病をした人がいたり、職場でごたごたがあったり、色々あった一年ですが、
個人的なことはさておき、今年あったできごとを振り返ってみたいと思います。

まずは、なんといっても東日本大震災があったこと。
当日は鎌倉にいて、歩いて自宅まで戻った話は、このブログでも書きましたが、
計画停電にともなうゴタゴタで、一時は会社がつぶれるかも…という想像まで頭がよぎりました。
原発の今後や防災など、日本の政治や社会のあり方についても、いろいろ考えさせられました。
原発事故の収束や被災地の復興もふくめて、この後何十年もかけて解決していくべき課題を残された気持ちです。

二つ目は、Twitterを始めたこと。
これまでもずっとネット生活をしてきた僕にとって、Twitterはツールの一つでしかないのですが、
それでも、非常に大きなインパクトがあったと思います。
情報発信という面では、ブログよりも気軽にかけることから、発信量が格段に増えたことが一つ。
それから、これまでバラバラに使用していたツールが、Twitterによって一つにまとまった感があること。
情報収集という面では、これまで作品を通してつながっていた作家さんや漫画家さんの生の声を聞けるようになったことが大きいですね。
羽海野チカさんにコメントを頂いたことや、とり・みきさんにRTして頂いたことなど、とても感激しました。
そして、現在進行形のできごと「実況」や、ハッシュタグを使用した「座談会」など、同じ趣味の人たちの集まりを、ネット上でリアルタイムで感じることができました。
特に印象に残っているのは、「GOSIC」「天空の城ラピュタ」といったアニメの「実況」や、スペースシャトル「アトランチス」のラストフライトや皆既月食の時の盛り上がり、「ハチミツとクローバー」の座談会といったところでしょうか。

三つ目は、電子書籍リーダーを手に入れたこと。
もちろん、使用頻度としては、紙の本に比べたらまだまだですが、
本をどのように保存し、整理するかという点で、革命的な一歩になるかもしれません。

それでは、皆様、今年も一年おつきあいいただき、ありがとうございました。
来年も、よろしくお願いいたします。

TPPと医療制度

TPP関連の話の第2弾は、医療制度についてです。
以前から関心のあった農業と違ってこちらはにわか勉強の感はぬぐえません。が、僕の目にするTPPがらみの医療制度についての話が、かなり強引な論理展開が多いので、それでも疑問を呈さずにはいられないのです。

農業の法人化がTPP以前から議論されているのと同様に、医療制度においても根はTPP以前からあるようで、小泉内閣の規制緩和政策の中でも導入が議論されていた内容だそうです。とすれば、こちらも農業と同じようにTPPという外圧を利用しして、国内の制度を改革する動きであるという側面もありそうです。

医療制度において、TPP参加で変化するであろう点は、主に二点あるようです。それは、混合診療の解禁と、株式会社の参入の解禁です。

混合診療とは、簡単に言えば、保険診療と自費診療を組み合わせた診療です。現在は、ごく一部を除いて混合診療は禁止されており、保険診療を行う場合にはその範囲内での治療が行われ、自費診療の内容をふくむ場合には保険診療と同じ治療を行う場合でも保険診療扱いにはならないのです。
混合医療が導入されると、費用をかけるかかけないかによって医療の内容を変えることができるようになります。逆に言うと、お金の有無によって受けられる治療に格差が生じることになるわけです。
TPPに反対する人たち(=混合医療解禁反対派)が問題視するのはこの部分で、混合医療が解禁されると、医療に不公平が生じるというわけです。
ただ、僕が思うに、保険がカバーする治療内容の範囲を変更しない限りは、「お金をかけることでより充実した診療を受けることができる」という選択肢が増えるだけで、即座に医療レベルの低下につながるものではないはずです。
混合診療の開始によって「医療レベルが低下する」には「医療保険のカバーする範囲」の規定を変えることが前提なのですが、TPP反対を唱える人の主張には、この部分が省略されていて、混合医療が開始される=医療レベルの低下と即断されているケースがほとんどです。極端な場合は、混合医療の「解禁」と混合医療「だけになる」の区別もつけていないこともあるくらいです。
さらに言うと、TPPの交渉内容が「混合医療の解禁」「医療保険のカバーする範囲」を含んでいるのか、含んでいるとしたらどこまで強制力があるのか、ということにも全く触れられていません。僕が調べた範囲では、「混合医療の解禁」は交渉内容になる可能性があるが、「医療保険のカバーする範囲」については国内に決定権があるようです。
僕が冒頭で「強引な論理展開」と言ったのは、この辺りで、本来あるべき様々な条件を、まるで無いように説明してしまうのは、いくら「わかりやすくするため」という理由があるにしろ、少々乱暴すぎるのではないかと思うのです。

現在、医療の現場では人手不足が深刻化しているそうです。その原因は様々あるでしょうが、理由の一つに病院の財政難があると思います。財政難であるが故に人を増やすことができず、低賃金労働・長時間労働が恒常化しているという話も聞きます。混合診療が始まると、病院が利益を追求するために患者の選別を行う、などという危惧もあるようですが、僕は、医療現場の労働条件を良くし、医療の世界に人材を確保するには、病院の経営がある程度利益があがる構造にしなければならないのではないか、と考えています。

TPPと農業

最近、TwitterでTPPに関することをいくつか発言してきました。
そろそろ140字では書ききれない部分が出てきたので、改めてブログの記事としてまとめてみたいと思います。

TPPには様々な側面がありますが、論点として主に出ているのは、次の二点かと思います。
・非関税化することで外国の安い農産物が輸入され、日本の農業が衰退する。
・TPPはアメリカのシステムをグローバルスタンダードとして拡散するもので、特に保健医療の制度が損なわれる。

最初に断っておきますと、現在のところ、僕はTPPには賛成です。
なぜ賛成なのかについては、これから説明していきますが、僕がTPPについての色々な意見を読む中で感じたのは、
現状を「良い」と考える人はTPPによる変化を嫌い、現状を「改善すべき」と考える人はTPPによる変化を望んでいる、ということです。
考えてみれば当たり前のことなのですが、何を良いと考え、何を悪いと考えるかによって、生じる現象は同じであっても、評価は変わってきます。
ですから、その辺りもふまえながら、説明をしていきたいと思っています。

まず、農業の現状についてですが、カロリーベースで自給率40%というのはよく言われる数字です。さらに、現在の基幹的農業従事者の平均年齢は65.7歳。65歳以上の占める割合は60.4%です(平成21年度 食料・農業・農村白書)。さらに、販売農家数は、平成2年の297万戸から平成21年の170万戸と減少し、中でも主業農家(農業収入が農外収入より多く、かつ65歳未満の農業従事60日以上の者がいる農家)の数は82万個から35万戸と半減以下になっています。
農業就業者数は1990年から2007年の間に91万人減り、31%の減少率です。2008年度の新規農業就業者は6万人で、60歳以上が46.3%。非農家出身者は11.6%で、ほとんどは自分の家の農地を引き継いでいる人たちです。
この数字を見て、TPPに参加しなければ、日本の農業は存続できると思える人は、あまりいないのではないでしょうか。
このまま何もしなければ、農業の高齢化と労働力不足は、さらに進んでいくことでしょう。

農業人口の減少には、様々な理由があると思われます。
高度経済成長以来第二次産業・第三次産業がもてはやされ、農業は前時代的な産業という意識が芽生えました。このような農業に対する否定的な評価は、「食の重要性」が見なおされてきた現在、多少は改善されてきた感があるとはいえ、積極的に農業をしたいという若い層が出現するほどではないかと思います。
もし、新規に農業を始めたいと思う人がいたとしても、農地や農業機械の購入、農業技術の習得など、様々な「壁」があります。
そういった現状を打破する方法の一つに「農業の法人化」が挙げられます。
政府のTPP対策の一つとして「農地の集約による大規模化」が提唱されていますが、家族経営の農家に、農地を集約するだけの資金が充分にあるとはいえないでしょう。
さらに、法人化することによって、非農家出身者で農業を行いたい人は、自分で農地や農具を購入することなく「企業に就職する」という形で農業を始めることができるようになり、新たな労働力を確保することも可能になるはずです。

さて、これまでのところ、TPPに参加することとは直接関係のない話になっています。これらの改革は、TPPへの参加なしでも可能だからです。
TPPについてのwebの記事をいくつか探して読んでみたのですが、その中に「TPPで開国しなければ、という声を聞くが、日本の農産物の関税は充分に低く、開国しなければならないような保護状態にはない」という主張がありました。
もし、その主張が本当であるならば、日本がTPPに参加したとしても、今以上に安い農作物が流入してくるという事態にはならないはずです。逆に、他の国の関税を引き下げることで、日本の農作物が輸出しやすくなるならば、デメリットが小さく、メリットが大きいことになります。

また、TPPで農業が滅ぶという意見では「安い農産物が入ってくる=安い農産物しか売れなくなる」となるようです。
しかし、本当に「安いものだけが売れ、高いものは売れない」という状況になるのかは、消費者の選択にかかっていると思うのです。
日本の農産物が、外国産の農産物に比べて付加価値が高ければ、値段が高くとも売れる可能性があります。安全性とかおいしさとか新鮮さというような付加価値です。
さらに、日本で生産された農産物を購入することが、日本の農業を守り、雇用を確保し、自然環境保全の役割もになうことになるという意識が消費者にあれば、日本産の農作物が選択される可能性は高いのではないでしょうか。
外国産農作物との競争の中で、付加価値を高め、それを上手にアピールする必要性があることが理解されてくれば、日本の農業も良い方向に向かうと思うのですが、どうでしょう。

農業については、地産地消やグリーンツーリズム、地域防災の観点などからも書きたいことはたくさんあるのですが、それらはTPPとは直接の関係がないので、別項に譲ることとします。

「吾輩は猫である」

言わずと知れた漱石の作品ですが、小説の内容についての話ではありません。
日本語の表現について、ちょっと思い着いた遊びがあるので…
というのも、この書き出しは、「吾輩」という自称や「~である」という文末によって、猫の尊大な様子(人間を見下している)が表現されている素晴らしい書き出しなのですが、これを別の表現に置き換えてみると、どんな猫になるんだろうか…という下らない思いつきです。
思い着くままにオン書き(オンラインで書くこと)してみると…

「わたしは猫です」
「ぼく、猫だよ」
「俺、猫だぜ」
「私めは猫でございます」
「ワシは猫じゃ」

くらいは、まあ、まともとして…

「ウチ猫だっちゃ」
「オッス、オラ、猫」
「は~い、猫でございます」

とかなってくると、もう訳が分からなくなってくるわけです(笑)
なんか、良いのを思い着いたら、是非コメント下さい。

東日本大震災に思う 最後に

改めてこのブログの記事を見返してみると、3月11日の震災以来、地震に関連する内容しか書いてこなかったのだなぁと感じます。
それまで、このブログの記事の多くが、本やマンガや映画の記事でしめられており、現実社会に関する話(仕事の話とか、政治の話とか)はほとんど書いていないのとは、対照的です。

これまで、僕は、現実的な社会というものに、あまり積極的にコミットしてこなかった部分があります。
もちろん、職業を持ち、社会の中で生きているのですから、全く社会と関わりなく生きてきたわけではないのですが、自分のそういう部分というのは、ある意味「表の自分」で、「本」や「マンガ」に触れて、その中で考えてきたことが、自分の中で最も大切な部分だと考えてきた節があります。
人間関係にしても同じような面があり、おそらく、ごく一部の親しい人々を除いては、僕という人間に影響を与えてきたのは、「小説」や「マンガ」や「音楽」や「映画」の方であり、現実の世界ではないと思っています。

ただ、今回の震災の件は、「自分の心の中がどうであったか」よりも、「現実の社会をどうしていくのか」を考えなければいけないことだと、僕の中では位置づけられているようです。
そして、シリーズの最初の方でも書いたように、社会の変革には、多くの人々の「合意」が必要で、一人一人の情緒的な「願い」は、現実の前には無力である場合が多いのです。
そういう意味では、僕にしては珍しく、自分の中で、自分の意見を世に広く浸透させたいという意欲があるのですが、どうも、ブログで記事を書いているだけでは、それが実現できていない節があります。
震災以降も、僕のブログのページアクセスは、圧倒的に過去の趣味に関する記事についてが多いですしね…。

というわけで、最近、Yahoo! のニュースに、たて続けに2つ、コメントを書いてみました。
mixiのニュースに日記を書いてもいいのですが、あそこは、割とネット上でのつきあいが深い人と、こじんまりとやっているので、不特定多数の人に覗かれたくないという意識がありまして…
今のところ、圧倒的に「そう思う」をつけて頂いている「率」は高いのですが、「数」が少なくて、コメントの上位には来ていません。
ネット上での意見のぶつかり合いというのは、僕の経験上、「お互いの言いたいことを言って、結局結論が出ないまま終わる」ということが圧倒的です。
本来、議論というのは、お互いの意見のメリット・デメリットを明確にし、それを通じて結論にたどり着くためにするものだと思うのですが、あまりそういう理想的な展開にはならず、最後は感情論になっておしまい、という悲しい展開が多いのです。
このシリーズをブログで連続して展開するのは、この記事で最後にし、また、もとの趣味の世界に戻すつもりでいるのですが、ニュースのコメントの方は、しばらく継続するつもりでいます。
とりあえず、上記のような現実に立ち向かう気力に続く限りは…

東日本大震災に思う その6

予告通り、今回は「節電」の話。
今回、震災当日の停電や、計画停電を経験して改めて感じたのは、僕たちは、電気があることを前提に、いろいろなものを作り上げてしまっているんだな、ということです。
例えば、エスカレーター。
地元・東戸塚駅でも、横浜駅でも、エスカレーターを設置してしまったために階段がせまくて、階段の昇り降りが大変なだけではなくて、混雑度がアップしてしまっています。
あとは、地下鉄の駅。エスカレーターが止まっているので、地上に出るまで一苦労です。
その他、マンションでは、オートロックとか給水設備とかも電気がないと動きません。
高層マンションに住んでる人は、エレベーターが動かない間、どうやって生活してたんでしょう?
「電気の助けを借りる」ことと、「電気に依存する」ことは、随分ちがうのではないでしょうか。
現在は、日中は建物や駅構内などは照明が消されていますが、
場所によって少し明るかったり、昼とは思えないくらい暗かったりします。
これからは、できるだけ窓を大きくしたり、天井を透明プラスチックにしたりして、昼間は照明なしでも大丈夫な設計にする方がよいのではないかと思います。これは、個人の家も含めてかもしれませんが。
交通機関も、地下鉄よりも路面電車の方が余計な電気を使わずにすむし、バリアフリー対応にもなります。
列車の車両も、最近は安全面を考慮してか、車体強度を高めるためか、コストダウンのためか、窓の開かないものが増えています。そうなると、ちょっと暑いと冷房を入れざるをえないわけで、これも電気への依存です。
高層建築も、できるだけ減らした方がよいということになるでしょう。
そうなると、住居もビジネスも、東京一極集中型の構造も変えていかないといけません。
一度作ってしまった建物や街を作り替えるのは容易ではありません。
20年後、50年後、100年後を見据えたビジョンが必要なのかもしれませんね。

東日本大震災に思う その5

前回は、原子力発電の代替を他の発電法に求めましたが、今回は、電気以外のエネルギーの話。
というのも、前回も書いたように、自然エネルギーを利用した発電法は、発電力が強くないので、電気の使用量そのものを減らす必要があるのです。
ここまでの記事をお読み頂いた方にはわかるかもしれませんが、僕は、化石燃料の使用には否定的です。
現在ある資源を使い切ってしまったらお終い、というのは、凄く怖い気がするのです。
再生可能なエネルギーというと、バイオマスが挙げられます。
バイオエタノールを利用した自動車などは実用化されているようですが、ガソリンに混ぜて使って、ガソリンを節約するくらいが限度で、完全にガソリンの代替にはならないようです。
ということは、自動車に関しては、電気自動車で代替するか、自動車という交通手段の使用頻度自体を減らすことを考え、発電方法の方を見直すのが、現実的なのかなと思います。
僕の考えているバイオマスは、もっと原始的なもので、暖房や調理器具に使うというものです。
昔のように薪を使うのでは、流通や保管が難しそうなので、木材チップの使用を増やすというのはどうでしょう。
石炭ストーブ→石油ストーブ→エアコンという暖房器具の変遷、薪→ガス→電気調理器(電子レンジなど)の変遷は、もちろん、便利さと安全性のために行われたことは分かります。
家の中で火を使う危険性を復活させることには、抵抗があるかもしれません。
しかし、僕は、それまで個々にあった小さな危険を取り除くために、一カ所に大きな危険を集めてしまったことが、文明の一つの反省点のような気がしています。
木材チップによるバイオマスが普及すれば、停滞している日本の林業の活性化にもつながるはずです。

で、次回は、「代替」ではなく、エネルギーの使用量そのものを減らそうという話の予定です。

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