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カテゴリー「旅行・地域」の記事

東北旅行記04

最終日。今日はお昼過ぎには仙台を出発しなければなりません。あまり多くの場所は回れないので、やはり「桜の下で待っている」の舞台になっている瑞鳳殿に行くことにしました。瑞鳳殿は、初代仙台藩主・伊達政宗公の墓所で、市内を循環している観光バス、仙台るーぷるで十分ほどの距離にあります。
仙台るーぷるのバス停は、瑞鳳殿へと続く急な坂道のすぐ下にありました。坂道を登る人に無料で貸し出される杖が置かれた駐車場の横を通り、坂を上り始めます。坂道が石段に変わる辺りで、瑞鳳殿へ登る石段と、下ってくる階段の分かれ道がありました。「桜の下で待っている」では、主人公の男性が中学時代の同級生と偶然に行き合う場面があるのですが、その場所はこの辺りなのかなと考え、写真を数枚撮影。後で本を確認したところ、行き合うのは石段に入る前で、もう少し下の方でした。足を運ぶ前に確認しておけば良かったと後悔したのですが、後の祭りです。
高い杉の木立に囲まれた長い石段を上りきると、そこが瑞鳳殿の入り口。料金を払って中に入ります。ちなみに「桜の下で待っている」の同級生は、妊娠して安定期に入った後の運動に瑞鳳殿の階段を散歩しているという設定なのですが、有料のエリアを通らなくても、料金所のわきにある細い道を通って先に進むことができるようになっています。
そこから先は死者の世界と言われる涅槃門をくぐり、さらに石段を登ると拝殿があり、その前には梅が咲いていました。梅の写真を取っていると、ボランティアのガイドの方が、この梅は臥龍梅と呼ばれ、朝鮮出兵の時に伊達政宗公が母親に見せるために持ち帰ったものと云われている、という話を聞かせて下さいました。
平日で他の参拝者が少なかったこともあり、ガイドの方が随分とたくさん説明して下さいました。瑞鳳殿の場所は政宗公の遺言で指示されていたこと。政宗公が亡くなったのは江戸の上屋敷であること。死因がガンであったこと。重い病気を押して家光公に拝謁し、病状を心配されたこと。遺体は防腐処理をされて江戸から仙台まで運ばれ、駕籠のまま地下の石室に安置されたこと。瑞鳳殿は戦災で焼失し、現在の建物は戦後再建されたものであること。現在拝殿と瑞鳳殿の間にある礎石は、昔の拝殿のもので、前は拝殿と瑞鳳殿が隣接していたこと。その当時は拝殿からしか参拝できず、瑞鳳殿のすぐ前に行くことはできなかったこと。再建の際に石室の調査が行われ、政宗公の血液型や身長も調べられたこと。政宗公の像は本人の希望により両目が開いたものになっていること。瑞鳳殿の両脇にある石灯籠は、政宗公の死にあたって殉死した家臣のものであること。などなどです。こうして色々な話を聞くと、歴史上の人物である政宗公に、親しみがわいてきます。
ガイドの方にお礼を述べ、瑞鳳殿に参拝した後、資料館ものぞき、瑞鳳殿を後にします。そして、少し離れた場所にある二代忠宗公の感仙殿、三代綱宗公の善応殿へも参拝。こちらは、二棟が並んで建っています。

再び長い石段を下り、バス停へ。少し離れたところに駅に向かう路線バスのバス停があったのですが、まだ時間に余裕があるので、仙台るーぷるに乗って市内を一回りして帰ることに。観光バスなので、市内の観光名所の案内を車内放送で流してくれるので、乗っているだけでも観光気分に浸れます。
印象に残ったのは、やはり仙台城でしょうか。仙台城へ向かうバスは、かなり急な坂を登っていきます。バスのアナウンスでも「山城」と紹介されていました。「中世=山城」「近世=平城」というイメージがあったので、少し意外でした。また、市内を流れる広瀬川を何度も横切りますが、僕は「青葉城恋唄」をリアルタイムで聴いている世代なので、なんとなく懐かしい気分になります。

仙台駅に戻り、昼食を食べてから列車に乗ろうと思っていたのですが、駅ビル地下の食堂街に行ってみるとどのお店も行列ができており、列車の時間に間に合わない可能性を考慮して、駅弁を購入して列車に乗ることに。駅構内に全国の駅弁を扱うコーナーがあり、大船軒の「鯵の押し寿司」も販売されていました。せっかくなので地元の駅弁をと思い、吉田屋という駅弁屋さんの「復幸炙りかきとうにめし」を購入(後で調べたら、仙台ではなく八戸の駅弁屋さんだったのですが)。僕は生牡蠣はあまり好きではないのですが、炙ったかきと、かきのエキスで炊きあげたご飯はとても美味しかったです。
列車に乗ってしまえば、後は帰るだけ。ポメラを使って今回の東北旅行の記録を書いたり、TwitterのTLを読んだりしていました。福島・郡山・黒磯で乗り換え、後は上野までという予定だったのですが、古河駅でとなりのホームに停車している湘南新宿ラインを見たら、かなり空いていたので、久喜でそちらに乗り換えました。古河駅は始発駅ではないですし、乗り換え時間が2分しかなかったので、乗り換えはしない予定だったのですが、僕の乗っていた列車は快速列車だったので、久喜駅では9分の乗り換え時間がとれました。これで、後は最寄り駅まで一本です。

「桜の下で待っている」の舞台探訪が今回の旅のメインテーマだったのですが、この本に対する愛着がますます深まりました。
「現地に行かなくても、小説の描写で十分味わえるのでは?」という考えもあるかもしれませんが、僕は漫画でもアニメでも映画でも、好きな作品の舞台には実際に行ってみたくなるタイプの人間です。それは、作品の描写の不足を現実で補う作業ということではなく、物語世界の中に自分の身を置く感覚を味わいに行くことなのだと思っています。
そして、もう一つ。復興の途上にある東北の姿に触れたことは、非常に強く印象に残っています。無論、現地の方々や震災直後から被災地に関わってきた方々からすれば遅すぎる訪問かもしれませんが、自分が飲み込まれ過ぎないような距離感を保つには、ちょうどよい時期だったのかなとも思っています。「もう五年」なのではなく「まだ五年」なのだということが、実感できた旅行でした。

posted by (C)akira

東北旅行記03

3日目の朝、まずは花巻駅で「ハルチカ」のカット合わせの写真を撮影しました。カット合わせ用のスクリーンショットは、昨晩ネットで検索しました。全部のカットが見つかったわけではないので、そこは曖昧な記憶を頼りに。
その後はバスで宮沢賢治童話村・宮沢賢治記念館へ。ここも塩屋埼灯台やマルカンデパートと同様に「桜の下で待っている」の舞台になった場所です。
宮沢賢治は、僕もある程度は読んでいるのですが、童話系では僕はどちらかというと芥川龍之介の方が好きで、宮沢賢治は象徴的すぎるように感じてしまって「大好き」というほどではありません。
ただ、「桜の下で待っている」もそうですが、「文学少女」シリーズの「〝文学少女〟と慟哭の巡礼者」や「ビブリア古書堂の事件手帳」でも宮沢賢治の作品が題材となっていて、そこで語られる賢治の作品というのはすごく魅力的に見えるのですよね。
花巻駅から宮沢賢治記念館まではバスで20分ほど。朝早かったせいか車で観光する人が多いせいか、そのバスを利用して記念館に行ったのは僕一人だけでした。
最初にバスの中から見えたイーハトーブ館という場所に行きました。ここは宮沢賢治に関する書物を閲覧できたり、講演会を行うホールがあったりする施設のようです。今日はそこまで長い時間はいられないので施設内には入らず、イーハトーブ館から記念館へ続く「ポランの広場」という公園を散策しました。賢治が設計したが実現できなかったという南斜花壇・日時計花壇が作ってあったり、タイルを使った作品のイメージ画が描かれていたりしました。冬なので花壇にはわずかに芽が出ているくらいで、もっと花の咲いている季節であれば美しかったのではないかと思います。
雑木林に囲まれた道を上って記念館に辿り着きましたが、こちらは後回し。バス停近くに降りる長い階段を通って、童話村の方を先に見学します。
童話村には広い庭があって、賢治の作品に出てくる山野草が見られる小径があったり、様々なオブジェが置かれていたりしますが、全部見て回るだけの時間と体力がないのが残念(笑)。入場券を購入して「賢治の学校」へ入場。ここは、宮沢賢治の童話の世界を体感できるような施設になっています。「桜の下で待っている」の描写が秀逸過ぎて自分の文章で書く気がしないので、ここがどんな場所か知りたい方は、是非「桜の下で待っている」をお読み下さいませ(笑)
次に同じ敷地内にある「賢治の学校」へ。こちらは、賢治の作品に登場する石や鳥や動物や星などを、作品内の文章と写真・音声などを使って体験してもらう施設です。鳥の鳴き声が流れたり、動物の毛皮を触ることができたり、なかなか凝った展示です。
僕は結構あちこちの文学館に行っている方だと思うのですが、作品や人物の解説、直筆原稿や遺品の展示などをしている文学館より、作品世界を体感できるような施設の方が好きです。これまで訪ねた中では、金沢の泉鏡花記念館が好みなのですが、童話村はそれに近いものがありました。
さて、次は記念館の方です。が、実は朝食を食べていなかったので、記念館を見る前に、敷地内にある「山猫軒」というレストランで少し早めの昼食をとりました。もちろん「注文の多い料理店」にちなんだ名前で、店の入り口には「どなたもどうかお入りください 決してご遠慮はありません」「ことに肥ったお方や若いお方は、大歓迎いたします」などと書かれた看板も掛かっています。
食事の後は記念館へ。「桜の下で待っている」には記念館の描写もあるのですが、こちらは2015年4月に展示がリニューアルされたようで作中の描写とは様子が違っています。
「科学」「芸術」「宇宙」「宗教」「農」という5つのコーナーに分けられた展示になっていますが、どうも作品内容や作品世界を解説するというより、物語が生まれた土壌となる「科学者としての賢治」「農業人としての賢治」という切り口で賢治を紹介しようという展示のように思えました。
特別展では『「銀河鉄道の夜」はどう生まれたのかー 草稿の謎にせまる』という展示を行っており、これが先にも書いた「〝文学少女〟と慟哭の巡礼者」に出てきた内容を思い起こさせるもので、非常に興味深かったです。帰りに売店でこの展示の図録を購入してしまいました。
「銀河鉄道の夜」の原稿を、原稿用紙の紙の質や、校正に使われたインクの質などから分析し、どのように原稿が修正されていったのかを研究しているわけですが、執筆環境がデジタル化した現代の作家の場合、こういう形での作品成立の研究はできなくなるんだろうな、みたいなことも考えてしまいました。

一応帰りのバスの時間は調べてあったのですが、それに間に合う時間には周りきれなかったので、帰りは新花巻駅まで歩ききました。下り坂なのでそれほど大変ではなく、所要時間は20分ほどでした。
実はこちらの駅も「ハルチカ」に登場したので、もともと帰りはバスでこちらに出るつもりだったので問題ありません。駅前の風景を撮った後は、駅の待合室で高校野球を見ておりました。
新花巻から釜石線で花巻駅へ戻ってきました。釜石線の時間が合えば遠野あたりまで往復しようかとも思っていたのですが、適切な時刻の列車がありませんでした。すぐに仙台に向かってもよかったのですが、それももったいないので、宮沢賢治の墓所がある身照寺まで行ってみることにしました。ネットで調べると徒歩20分とのことですので、往復で1時間。1時間半後に上り列車があったので、ちょうど良い時間です。身照寺は「ハルチカ」にも出てきたので一石二鳥。
徒歩で身照寺に向かうと、途中に「ぎんどろ公園」という公園がありました。公園内の案内を読むと、賢治の勤めた「花巻農学校」の跡地なのだそうです。ぎんどろ公園を過ぎるとすぐに身照寺です。賢治のお墓に手を合わせ、戻ってきてちょうどよい時間でした。
花巻を15時38分に出発。一ノ関・小牛田で乗り換えて、18時23分に仙台着。すぐにホテルにチェックインしました。連日、長い時間列車に乗っているので、流石に疲れており、しばらくはホテルで横になっていました。夜9時近くなって、夕飯を食べに外出。特にお店は調べてなかったので、とりあえずはアーケード街に向かいました。仙台名物・牛タンのお店が目についたので、東京ではみかけない系列のお店を選んで入店。大盛で2000円と少し奮発しましたが、とても美味しかったです。

旅行記をまとめるにあたって確認のためホームページを調べたのですが、賢治関連の施設のホームページがわかりにくいので、リンクをまとめてみました。

■宮沢賢治イーハトーブセンター
http://www.kenji.gr.jp/
■ポランの広場
http://www.iwatetabi.jp/spot/detail/03205/891.html
■宮沢賢治童話村
http://www.city.hanamaki.iwate.jp/shimin/176/181/p004861.html
■宮沢賢治記念館
http://www.city.hanamaki.iwate.jp/bunkasports/501/miyazawakenji/p004116.html
■宮沢賢治関連の観光資源データベース
http://www.kanko-hanamaki.ne.jp/marugoto/category.php?c=3

posted by (C)akira

東北旅行記02

東北旅行二日目。ホテルで軽く朝食を食べた後、仙石線で石巻へ。時刻表で仙石線の時間は調べてあったのですが、駅に入ると「仙台東北ライン」という表示が目に入りました。仙石線の愛称なのかなと思って路線図を確認したら、経路が若干違うのですね。仙台東北ラインの方が少し早い発車だったのですが、早く着いても乗り継ぐ列車が変わるわけではないので、予定通り仙石線に乗車。ある意味これが正解で、乗った列車が石ノ森章太郎さんのキャラクターを使ったラッピング列車だったのです。
石ノ森さんの漫画はそれほど読んでいないのですが、彼が原作のテレビ番組は、幼少期にたくさん見ています。列車に描かれた全てのキャラが分かるほど詳しくありませんが、仮面ライダー、キカイダー、変身忍者嵐、ロボコン、さるとびエッちゃん、サイボーグ009など、懐かしいキャラばかり。
本塩釜を過ぎると、車窓から海が見えることが増えてきました。松島海岸駅を通過。大学生の時にアルバイト先の先輩の車で東北旅行をしたことがあるのですが、その時は国道の渋滞があまりにひどくて海岸に近づけず、遠くから松島タワーを見ただけで終わった覚えがあります。
海沿いを走っていると真新しい防波堤や、まだ工事中の防波堤が目に入ります。また、同じ規格の住宅が並んでいて震災後に新しく建てられたのだなとわかる住宅群もありました。駅前がほとんど更地になっている場所もありました。(注:後に女川出身の写真家の方のTwitterで知ったのですが、この駅前が更地だった場所は津波の被害で取り壊されたのではなく、駅が高台に移転して新しく開発された場所だということでした)
石巻に着くと、駅も駅前も石ノ森キャラクターがあふれていました。石ノ森萬画館までの道はマンガロードと呼ばれ、モニュメントが設置あるようなのですが、乗り継ぎまで30分ほどしかありませんでしたので、駅前と駅構内を撮影しただけでした。それでも、かなりの写真を撮ることができました。
仙石線から乗り換えて、石巻線で女川へ向かいます。


女川駅を下りると、真新しい駅舎が目に入ります。駅舎には温泉や女川の物産品を販売するお店が併設されていました。そして、駅前には新しく整備されたことが一目でわかるショッピングモールが。
しかし、駅の周りを見渡すと、綺麗に整備されているのは駅と駅周辺のみで、それ以外の場所はほぼ工事中なのがわかります。
駅舎内に作られた観光案内所で女川まちめぐりマップ」を見つけて開いてみましたが、町の多くが工事中の現状では、あまり情報量が多くありません。駅からかなり離れた高台に移転した商店街があるようですが、そこまで行くには自動車がないと難しそうです。
まずは、駅前のショッピングモールで昼食を食べることに。
僕の中では「女川といえばサンマとクジラ」というイメージなのですが、さきほどの案内所にあった「女川グルメまっぷ」によるとサンマは今はシーズンではなく食べられない模様。クジラは缶詰は置いているのですが、お店では出していないようでした。遠洋漁業の基地でもあるのでマグロも獲れるらしく、「明神丸」というお店で「三色マグロ丼」(赤身・ビンチョウ・メカジキ+ネギトロ)をいただきました。舌の上でとろけるような柔らかさで、おいしかったです。しかも値段も1000円。
食事の後は、工事区間を通って港まで出てみました。町の復興には主要産業を支える漁港が必要だったので、真っ先に復興されたようで、たくさんの漁船や連絡船が停泊しています。
港の風景を写真に撮った後、高台にある地域医療センターに向かいます。
そこには「女川は流されたのではない。新しい女川に生まれ変わるんだ」という横断幕が掲げられていました。ネットで調べてみると女川の中学生が作った詩の一節だそうです。津波到達地点であることを示す石碑も設置されていました。
帰りがけにもう一度ショッピングモールをのぞいてみると、ネットでも話題になっていた「ダンボルギーニ」(段ボールで作ったランボルギーニ)を展示しているお店や「さんまパン」を売っているお店もありました。さんまが食べられる食堂も見つけたのですが、列車の時間まで20分しかなかったので、今回は見送り。
石巻線で東北本線の小牛田まで戻り、小牛田から一ノ関乗り換えで、夕方16時36分に花巻に到着しました。


花巻駅前は、最近見ている「ハルチカ」というアニメに登場したばかりなので、頭の中にアニメの場面を思い浮かべつつ何枚か写真を撮影しました。あまり準備の時間がなく、スクリーンショットを撮ってこなかったのでうろ覚えです。夜にでもネット検索で画像を探すことにして、今回の旅のメインも目的地とも言えるマルカンデパートを目指して歩きます。
閉店のニュースが流れた時に漫画家の月子さんが写真をアップされていましたし、画像検索もかけてみたので、どんな場所かのイメージはありました。
実際に足を運んでみると、閉店がニュースになった影響もあるのか、食事の時間にはまだ早めであるにも関わらず、たくさんのお客さんが入っていました。店内が広いので満席ではないのですが、窓際の席はほとんど埋まっていました。僕は写真を撮りたかったので、明かりの入る窓際の席を探して着席。店員さんが食券を半分切り取って持っていき、食事が出てくると半券も回収という、僕の世代には昔なつかしい方式です。
お昼ご飯が少し早めでお腹が減っていたので、お目当てのソフトクリームの他にホットケーキも注文しました。ソフトクリームはネットで見た写真や「桜の下で待っている」の裏表紙のイラストの通り、とても大きかったですが、アイス好きの僕にとっては難なく食べられる大きさです。はしを使って分け合って食べるのがセオリーだそうですが、僕はホットケーキ用のフォークですくって食べておりました。くるくる巻いてあるソフトクリームの真ん中は空洞になっていて、少し固めな感じです。大きいので固めにしないと早く溶けてしまうからかもしれません。また、ホットケーキのシロップが透明だったのには驚きました。ソフトクリームもホットケーキも特別な作り方をしているものではないでしょうが、「この場所」だからこそ美味しく感じられるような気がしました。
歩いて駅まで戻りましたが、駅前にはあまり飲食店がなく、駅にあるそば屋さんで早めの夕食を取り、夜食用にパンを買ってホテルに向かいました。


posted by (C)akira

東北旅行記01

上野9時11分発の列車に乗ればいわき駅で塩屋埼灯台へのバスに接続できることは調べてあったので、それに間に合うように家を出ました。
いつもなら通勤ラッシュで混み合う時間帯ですが、幸い祝日だったので、上野に向かう車内は空いており、座席に座ることもできました。
上野では、駅構内のコンビニで朝食のおにぎりを購入。ちょうどカシオペアの最終列車が走る日だったので、記念ラベルのおにぎりも。駅弁屋さんではカシオペアのお弁当が販売最終日ということで宣伝してたのですが、購入は見送り。
上野発8時49分の列車で水戸へ。昨日は旅行のため早く寝てしまったので、車内では主にTwitterで昨晩から今朝のタイムラインを読んでいました。常磐線の上り列車に乗るフォロワーさんがいらしたので、挨拶のメンションを送るなどしていました。
水戸着は10時57分。予定より早い列車に乗ったので乗り換えに余裕があります。構内のベックスコーヒーでホットコーヒーを購入。スタバやタリーズと違ってLサイズでもポット一杯にならない量なのですが。その後、地元の物産を扱うお店をのぞくと、納豆と干しいもがたくさん並んでいました。メロンの果肉を使ったメロンパンが売っていたので一つ購入。確かに美味しかったですし、香りも良かった。
水戸11時35分の列車でいわきに向かいます。13時03分着。
バスの時間は20分なのであまり余裕がありません。まずは、バス停を探します。駅前の案内板には「塩屋埼灯台」の文字がないので、確かこの方面だったよなと記憶を頼りに見当をつけ、バス停を確認します。バス停を確認してあと5分あったので、駅の改札まで戻ってコインロッカーを探しました。バス停から灯台までは徒歩20分とのことですし、灯台に上がるにも荷物は軽い方が助かります。幸いなことに、改札口のすぐ横にコインロッカーがあったので、着替え類の入ったリュックをあずけて、バス停に戻ります。バスに乗車し、運転手さんに塩屋埼灯台に行くかを確認。大丈夫のようです。
灯台入り口のバス停までは30分弱。乗客は僕の他に2~3人。比較的短距離で入れ替わっていく感じでした。
そろそろ到着する時間かな、という頃です。丘陵地の切り通しを抜けて海岸沿いに出たとたん、風景が一変しました。バスの通る道路以外の場所がすべて造成中で、視界が一面茶色です。海沿いに目をやれば、堤防の内側には黒い土嚢が積み上げられており、ところどころ工事中の場所もあります。つまり、ここは津波の被害を受けて、復興途上だということなのでしょう。「桜の下で待っている」でも、塩屋埼に向かう途中に津波の被害を受けた場所を通る描写があったので、ある程度は分かっていたのですが、これほど「何もない」とは思っていなかったのです。
バス停は、造成中の地区の真ん中にありました。あたり一面むき出しの土ばかりという中を、灯台に向かって歩き始めましたが、20分の道は平坦で肉体的には思ったより楽に歩けたものの、精神的には楽ではなかった気がします。
灯台の下にある駐車場に到着すると、小説の描写の通り美空ひばりさんの歌碑があり、歌声が流れています。「みだれ髪」というひばりさんの歌が塩屋埼灯台を舞台にしたものなのだそうです。
駐車場の脇には、おみやげもの屋さんが一軒。「みだれ髪」を題材にしたグッズや海産物がおみやげとして販売されていました。
灯台は小高い丘の上にあるので、そこに向かう細い階段を登り始めます。道の左手には、青い海が広がっているのが見えます。さきほどまで曇っていた空も晴れて、青空が広がってきました。
登りきって正面に灯台が見える場所に出ると、そこで青空をバックに白い灯台を撮影。丘の上なので、海は少ししか入りません。見学料200円を払って中に入り、思ったよりも広い螺旋階段を登っていきます。外に出ると、足場の幅は1メートルくらい。金属製の柵はあるものの、なかなかスリリングな場所です。目の前には青い海が広がっていますが、沿岸部に目をやれば、先ほどの工事中の場所が広がっています。灯台をはさんで反対側の沿岸部も、同じような状況なのが見てとれます。
この美しい海が、あの恐ろしい景色をつくったのかと思うと何か不思議な気がしますが、それが自然というものの残酷さなのだろうと改めて実感しました。
灯台から降りると、先ほどのバス停まで歩いて戻ります。先ほどと同じ光景が目に入りますが、白い灯台が見えない分「何もない」という印象が先ほどよりも強く感じました。
Twitterでは、この景色を突然見せるのは良くないのではないかと思って美しい海と灯台の写真しかアップしなかったのですが、ここでは、写真を数枚載せておこうと思います。
東日本大震災から5年経ちましたが、「もう5年」ではなく「まだ5年なのだ」と強く実感させられた光景です。
駅前まで戻ってきて食事を取りました。駅前のビルの中にドトールと大衆食堂があったので、大衆食堂の方で。お皿に入ったお総菜を自分で取って会計するという、昔ながらの方式です。
食事を終えてまだ時間があったので、駅前のミスタードーナツで時間つぶし。「桜の下で待っている」に登場した郡山のお菓子「ままどおる」も購入しました。
その後は、前回の記事で書いた通り。今後の予定を立てたり、宿の予約をしたりしながら仙台までたどり着きました。流石に東北一の大都会だけあって、午後10時を過ぎてもたくさんの人が歩いています。
ホテルに着いたら、お風呂に入って寝るだけなのですが、今日見た光景が刺激的過ぎたせいか、疲れていた割にはすぐには寝付けませんでした。

posted by (C)akira

東北旅行記00

3月21日から24日にかけて青春18きっぷを使って東北地方に旅行に行ってきました。
直接のきっかけは、花巻のマルカン百貨店が6月に閉店というニュースをネットで知ったことです。
マルカン百貨店の大食堂は、彩瀬まるさんの「桜の下で待っている」という小説で知りました。その作中、名物のソフトクリームは、母親が子供時代に友達とよく食べた懐かしい記憶として、地域の人々がそれを共有しているふるさとの味として、そしてそれを新しい家族とも共有する未来へのかけ橋として、とても印象的に描かれていたのです。
初めて本を読んだ時から、僕もいつか花巻に行ってその雰囲気を味わってみたいと考えていました。実は昨年4月にも東北旅行を検討したことがあるのですが、その時は飛騨一ノ宮の臥龍桜を優先させてしまったので、先延ばしになっていたのです。
さて、せっかく東北に出かけるのだからということで、あちこち回ってみることにしました。幸い、この時期5連休があるので時間は余裕があります。
まず考えたのが、福島県いわき市の塩屋埼灯台と、宮城県仙台市の瑞鳳殿です。この2カ所も「桜の下で待っている」で描写された場所です。
最初は、二泊三日で考えていたのですが、かなりのハードスケジュールになってしまいます。前日の夜まで仕事なので、当日早起きできるかどうか自信もありませんでしたし、現地で必要な滞在時間も読めません。とりあえず、出発してみて、状況を見て宿泊地と宿泊数を決めようと考えていました。
結局、旅行日程の大筋が決まったのは、いわきから郡山に向かう磐越東線の車中でした。旅行記の途中でこれを書くと流れが悪くなるので、ここで書いてしまいますが、迷っていたのは最初の宿泊地なのです。
塩屋埼灯台から帰ってくるバスの候補は2本ありました。1本目だと磐越東線に乗れますが、2本目だと間に合いません。いわきで宿泊して朝に郡山に向かえば磐越東線を明るい時間に通ることができるというメリットもありました。夜のうちに仙台まで行けると後が楽なのですが、初日は朝が早いので、疲れていたら夜遅くまでは移動できないかもしれません。
もう一つ迷っていたのが、仙台からどの路線に乗るかです。東北本線でそのまま花巻に行ってもよいのですが、いま東北に出かけるなら津波の被害を受けた地域に足を運んでおきたいと思ったのです。自分の目でその場を見ることや、多少なりとも観光でお金を落とすことは、しておくべきではないかと。それに、高校時代に東北に行った時には、海沿いの路線には全く乗っていないので、単に乗りつぶしをしたいという欲もありました。
結局、塩屋埼灯台からは1本目のバスで帰ってこれたのですが、磐越東線の沿線風景はあきらめ、郡山に向かいました。体力的に大丈夫だと判断したので、仙台に宿泊場所を決め、列車の中からネット経由でホテルの予約をしました。
また、仙台での観光を後日に回し、先に花巻に行ってしまった方が時間に余裕があることもわかりました。さらに、乗車する路線を仙石線・石巻線に決めました。時間がそれほどかからないにも関わらず二路線を乗りつぶせることと、女川に行くことができるのが決め手でした。震災関連のつぶやきでフォローさせていただいている写真家の方が女川の出身で、女川についての情報は、割と目にしていたからです。
これで旅の日程の概要が決まり、花巻と仙台の宿も、先ほどと同じようにネット経由で予約しました。
というわけで、次回から本格的に旅行記になります。


桜の下で待っている 桜の下で待っている
彩瀬 まる

骨を彩る 神様のケーキを頬ばるまで やがて海へと届く 暗い夜、星を数えて―3・11被災鉄道からの脱出 あのひとは蜘蛛を潰せない (新潮文庫)

by G-Tools

高山旅行記 食べ物編

今年3回目の高山旅行に行ってきました。
今回は、食べ物にこだわってみましたので、その記事を。
こだわりの方向が特殊かもしれませんが……。


「かつて」のあまがさね。おわかりの方には言うまでもないことですが、アニメ「氷菓」の「一二三」のモデルとなったお店です。
あまがさね


「バンドスカレー緑」の皿うどん。
コミック版「氷菓」9巻のあとがきで米澤先生がふれていたお店です。
残念ながら、8月31日で現在の場所での営業を負え、9月中旬から別の場所で営業だそうです。
皿うどん


というわけで、2日連続でお店に通いました。
こちらはランチのカレー。
バンドスカレー緑


場所は図書館のすぐ近く。米澤先生が通われた頃は旧図書館なので、これほど近くはなかったはずなのですが。
バンドスカレー緑


一つ時系列を戻して、朝食にいただいた宮川通りにある「ぼくんち」のオムライス。
トマトの甘みと酸味が感じられるおいしいソースでした。
しかも、朝早くから開いているので便利です。
オムライス


Blu-ray BOXの書き下ろし漫画でタスクオーナ先生が紹介されていた「弱尊」。
前回はカレーをいただいたので、今回は豚カツハヤシカレーをいただきました。
ハヤシだけどカレー風味なので、コクがあって辛くないカレーという感じでした。
豚カツはもちろん、つけ合わせの野菜もおいしかったです。
弱尊


毎度おなじみ「バグパイプ」。「パイナップルサンド」のモデルとなったお店です。
いつもはアイスコーヒーを注文するのですが、肌寒い日でしたので初めてブレンドをいただきました。
バグパイプ


駅前の「飛騨」でいただいたざるそば。
地元のそば粉を使った本格的なそばです。
飛騨


北陸新幹線の車内で食べたアイス。
「スゴクカタイアイス」として一部で有名ですが、周りから食べれば大丈夫でした。
アイスクリーム


アイスクリーム


お土産に買ってきた栗きんとん。
宮川通りにある「恵那川上屋」で購入しました。
栗きんとん


栗きんとん


最後にもう一つ。食べ物ではありませんが、さんまち通りの「小鳥屋」さんで購入した巾着と手ぬぐい。
手ぬぐいの柄にこれを選んだのはもちろんあの絵柄に似てるからですが……。
小鳥屋

高山市合併10周年を記念映画「きみとみる風景」

映画「きみとみる風景」を新宿K's cinemaにて見てきました。
この映画は高山市合併10周年を記念して、地元製作委員会が中心となって撮影された映画です。

公式サイトはこちら

「高山を離れ、よその地で頑張っている家族や知人が『久しぶりに高山に帰ってみようかな』と思ってくれるような」「縁あってよその地から高山に移り住んだ方から故郷へ『こんな高山でがんばっているよ』を伝えられるようなそんな映画を作ってみたい」というコンセプトで作られた映画(HPより)なので、高山に住んでいるわけでも、高山出身でもない人間が見て楽しめるものか、正直不安な部分もあったのですが、それでも、充分楽しめる映画であったように思います。

「きみとみる」という言葉がタイトルにあるように、単に「風景の美しさ」「町並みの美しさ」を記録したものではなく、幼い時に体験した「誰かとの記憶」が、今を生きる大人にとって、これからを生きる子供にとって、大切なものになるのだというメッセージが込められた映像だったと思います。

もちろん、手放しに褒めるのは躊躇われる部分もあります。
幼い頃に少しだけ高山に住んだことがあるけれども、特に高山に思い入れを抱いているわけではない写真家が、この物語の主人公です。
彼女に声を掛け、高山の良さを理解してもらおうとする人物が登場するのですが、僕から見ると彼の行動は無遠慮すぎますし、それに抵抗を感じながらもついいいなりになってしまう主人公の気持ちは、もう一つ理解できないところでもあります。「故郷を持つ人間と持たない人間」「人に心を開けず人を撮るのが苦手な写真家が人を撮れるようになる」という対比や変化は、わかりやすくはありますが、そんな単純なものではないだろうという気持ちもあります。

ただ、「観光客」というにはしばしば高山に足を運び過ぎている自分の経験からして、高山の方々が「部外者」であるはずの我々に見せる屈託のなさは、確かに僕らに安心感をもたらし、「また高山を訪ねてみたい」と思わせるのに値するものだったりするのですよね。

僕が映画を拝見した23日には、監督や高山市の企画の方、撮影にも関わったNPOまちの縁側育み隊代表の方のトークショーがあったのですが、その中で「これからの観光は小さなコミュニティの集合という側面があるのではないか」(表現はずいぶん違うと思います)という意味のことをおっしゃっていて、なるほどそれは正しいなぁと思いながら聞いておりました。
そんなわけで「ちょっと強引過ぎるだろう」とは思ってもそれが「良くない」とは思えないところが、自分自身あるのですね。
主人公のコミュニティへの溶け込み方がもう少し緩やかで自然ならば、彼女を助けようと思う彼の気持ちがもう少し穏やかで性急なものでなければ、もっと素直に映画を楽しめたかも、というのが正直な感想です。

高山の魅力

7月21日・22日で岐阜県の高山市に行ってきました。
通算4回目の高山訪問です。
僕が高山に行くようになったのは、越中八尾の「おわら風の盆」に行く途中に立ち寄ったのがきっかけでした。近くにある観光地だから、新宿に出るバスが便利だからという理由で寄ることが多く、当初は「お目当ての場所」ではなかったわけで、「好きな街」になったのは3度目の訪問くらいからかもしれません。
そして今年4月、高山を舞台にしたアニメ「氷菓」が放映され始めました。僕はもともと原作小説が好きで、アニメ化を知った時も「まあ原作好きだし見てみるか。イメージ壊れなきゃいいけど」くらいに思っていたのですが、実際に放送を見てその出来の良さに驚き、しかも好きな街が舞台であることも相まって(原作者の米澤穂信さんの出身地だそうです)今やアニメの方も原作以上に好きと言ってよいくらいです。
そんなわけで、今回の旅行は「聖地巡り」の要素が強かったわけですが、旅から帰ってきた熱の冷めないうちに、僕の感じる高山の魅力をまとめてみました。

高山の魅力・その1。
町並みが保存されてる観光地には何カ所か足を運びましたが、その多くは、保存地区とそれ以外の場所の落差がかなり大きいように感じました。もしくは、博物館的に保存されてるだけで、そこに「今も歴史が受け継がれている」という感覚を味わえない場合もあります。
高山の場合、一番有名な「上三之町」は観光地化されすぎてる傾向はあるとはいえ、現在もそこが活用され、人々が生活し続けていることは素晴らしいことだと思います。
また「上三之町」以外にも多くの保存地区があって、保存地区の面積がもともと広い上に、保存地区ではないところも町並みが全体的に落ち着いている感じがします。
街の中には神社仏閣だけではなく、小さなお社も点在しており、それも歴史を感じさせてくれます。
僕が初めて高山を訪れたのは9月1日でした。ちょうど朝顔の季節で、保存地区でも商店街のアーケードでも朝顔の花が美しく咲いていました。こういった「和の伝統」が生活の中で生きているのは、素晴らしいなと思います。

高山の魅力・その2
アニメの「氷菓」では「その1」で書いたような古い町並みの景観は、あまり登場しません。その代わりに、市の中心部を流れる宮川の景観が、非常に印象的に使われています。僕は「氷菓」の第一期オープニングは高山のプロモーションビデオとしても非常に優れているのではないかと思っているのですが、そこでも宮川の景観が多く使用されています。
宮川には、個性的な色やデザインの橋が数多くかかっているのですが、それらの橋の存在も、川の景観を引き立てていると思います。

高山の魅力・その3。
高山には、城下町・天領として発展してきた歴史があります。材木を豊富に産出しただけでなく、河川・街道沿いにあるため物流がさかんで、産業・文化が発展していたようです。僕は最初に高山を訪れた時に高山陣屋の歴史展示を見て、わかりやすい説明に感心しました。もっとも、そこに時間を取られすぎて、町並みの撮影がほとんどできなかった苦い思い出もあるのですが。
高山祭や山鉾の細工、飛騨一刀彫や飛騨春慶塗など、有名な行事や伝統工芸がある他、さるぼぼなど親しみやすいキャラクターがあるのもいいですね。ちなみに僕がスマホにつけてるストラップは昨年9月に高山バーガーのお店でもらったさるぼぼのストラップです。

高山の魅力・その4。
「名物にうまいものなし」とは言いますが、高山の食べ物は全般的においしいです。そして、いくら名物とはいえ、こんなにたくさんお店があっていいのかというくらいお店があります。今、一番多いのは飛騨牛ですかね。ステーキのみならず、どんぶり、ハンバーグ、串焼き、カレー、ラーメンに乗せるなど様々なバリエーションで楽しむことができます。
ラーメンのお店も多いですね。みたらし団子は町のあちこちに屋台があります。五平餅も美味しいですが、みたらしに比べると屋台が少ない感じ。朴葉味噌や飛騨そばも美味しいです。飛騨高原牛乳もおいしいです。僕は食べたことがないですが、牛乳を使ったアイスやヨーグルトもあるようです。
周辺の山間部で生産されたものが多く、そこでしか食べられない感じがするので、余計においしく感じられるのかもしれません。

高山・八尾旅行記 06

さて、今回の旅行記もこれで最後です。

越中八尾駅まで戻ると、すでに始発列車の改札を待つ行列ができていました。
今回、僕は飛騨高山からバスで返るので、富山方面への始発には乗りません。「見送りおわら」を撮影するために、駅のホームが見える場所に移動します。
列車の入線を待つ間に、高速バスのネットに接続し、13時30分のバスを8時のバスに変更。思ったよりも疲れていて、午後まで待てる自信がなかったのです。
「見送りおわら」に見送られながら、普通列車で高山に戻ります。乗り越してしまうと大変なので、寝ないように気をつけていましたが、景色を眺めていると、不思議と眠くなりませんでした。
途中、通学の高校生が乗ってきますが、いつもより混雑している列車に驚いている様子です。
高山駅が近づいてきますが、バスとの接続が5分しかありません。急いで地下通路を渡って、駅前のバスターミナルへ。
が、ここで思わぬハプニング。1日300円のコインロッカーに2日預けたら600円で、300円だけ追加すればよいと思っていたのですが、1200円追加しろとの表示が出ているではありませんか。急いでバスの窓口に行って、お金を両替してもらい、コインロッカーから荷物を引っぱり出してバスの乗り込みます。
バスに乗ってからは、ほとんど寝てました。途中、平湯温泉と諏訪湖PAでは起きてトイレに行ったりしましたが。新宿着は13時30分。湘南新宿ラインに乗って東戸塚まで帰ってきました。

今回の「おわら風の盆」、台風に多少影響は受けましたが、それでも充分に楽しむことができました。
一昨年は、八尾の町の地理やそれぞれの町の雰囲気を知ることができましたし、昼間のおわらや夜中のおわらを見ることで、八尾の町の雰囲気に、多少なりとも近づけたかな…という気がしました。
今回も、それは同様ではあるのですが、踊り手さんの表情が、だんだんと見えてきたかな…と思っています。「あの人は一昨年も見た」とか、「昼間も踊ってた人だ」というように、個人を認識できるようになってきた気がします。もちろん、わかるのは数人、という程度ですが。その一方で、相変わらす、東町・天満町・今町・下新町・福島の町流しは見たことがないので、そちらにも守備範囲を広げたい気持ちもありますし、何年通っても、飽きることがなさそうな気がします。仕事の都合で、丸1日見るのが精一杯というのが、歯がゆいくらいです。
それから、今回は、高山に泊まったのですが、そのためにリュックの重さが少し重くなったのと、徹夜した後にせめてシャワーは浴びたかったというのが反省点。徹夜するのでほとんど部屋にいなくても、富山に宿を取って、荷物を置くとか朝シャワーを浴びるとかいう場所を確保するのは大切だな…と思いました。

高山・八尾旅行記 05

西町を降りていくと、公民館の前に人だかりが…。今年も何かあるかな、と思って見ていると、若者の踊り手グループ(男女混合)が、一升瓶の回し飲みをして気勢を上げていました。で、時々踊りの前にやっているアップテンポの囃しを唱えながら、坂の下の方に下っていきました。ついていけば踊りが見られるかなとも思いましたが、地方がつかないグループだったので、石垣の撮影を先に済ませてしまおうと考え、そちらを優先しました。だいぶお酒が入ってるようでしたしね。
西町の石垣は、ぼんぼりが綺麗で、深夜であるにも関わらず、踊り手らしきグループが何組か、それをバックに記念撮影をしていました。駐車場に降りていく観光客もいるしで、割と人が多いのを、何とかかわしながら、しばらく撮影していました。そして、撮影を終えると、再び西町から鏡町方面に上っていきました。
すると、西町と鏡町の境界にあたる道で、西新町のグループが舞台形式の踊りを踊っているのに出会いました。地方はついておらず、CDラジカセで伴奏を流しての踊りでした。お店のショーウインドウがあって明るい場所だったので、踊りを囲むように観光客が見ています。「最初から見たかったなぁ…」と思いつつ、踊りの後半から最後まで楽しませてもらいました。ポーズが決まると、グループの中で見ている方に回っている人たちとか、周りで見ている人たちからかけ声がかかるなど、踊る側と見る側の関係の近さを感じました。笠を被ってなかったせいか、踊っている側も「うまく決まって良かった」みたいな表情も見られて、すごく良い雰囲気でした。踊りが終わった後、またどこかで踊るかなぁと思い、引き上げる彼らの後をしばらく付いて歩いていたのですが、どうやらこの日の踊りはこれで終わりらしく、ちょっと残念。一昨年の深夜にも西町の夜流しを見たのですが、その時に僕の好きな新踊りを流してくれていて、今年も是非見たいと思っていたので、尚更です。雨さえ降らなければなぁ…と思いつつ曳山会館前まで降りてきます。
蔵並通りを上ってくる鏡町の一行に遭遇しましたが、曳山会館の前の広場で休憩に入ってしまったので、上新町を下って諏訪町へ。そろそろ観光客の数も減って来た頃なので、街並みの写真を撮ろうかなと思ったのです。が、諏訪町についたところで、そこへ下ってきた諏訪町の一行に遭遇。踊りを見ていた時間は短いのですが、なかなか良い写真が撮れました。観光客の数は思ったよりも多くて、前回よりも徹夜組が増えたのではないかと感じました。
そこから、上新町に戻ると、下ってくる鏡町の一行に遭遇。一昨年もこの時間に鏡町の写真を撮ったなぁと思い返します。曳山会館前で輪踊りになり、休憩に入るようだったので、また諏訪町に戻り、東新町まで上りました。東新町では、少人数のグループが、流すのではなく、そこに腰を落ち着けて踊りと歌を披露していました。謡い手さんは、缶ビールを片手にほろ良い気分で、個人の楽しみでやってる領域です。こういうおわらが見られるのも、深夜ならでは。
しばらく、それを聞いた後で、諏訪町を下ってくると、再び鏡町のグループに遭遇。深夜に入ってからでも3回目の出会いです。一昨年、色々な場面を写真に納めようとして、あっちこっちフラフラし過ぎたことを反省する文章を書いたのですが、ここでそのことを思い出し、後は鏡町のグループに最後まで付いていこうと決め、諏訪町を下りきって、上新町の通りを上っていく一行の後につき従って歩いていきます。再び曳山会館の前まで戻ってきたところで解散。それが午後4時頃のことです。
そろそろ駅に向かおうと思い、道を下り始めた頃、町の上から地方のみの流しが下りてきました。服装からすると上新町の方のようです。しばらく、その一行の唄と演奏を堪能した後、駅までの道を下り始めました。後ろの方からは、まだ唄と演奏が聞こえてきます。それを背に、八尾と別れと告げるべく坂を下っていくのは、とても贅沢のように思われました。途中、音もなく一人で踊りを流している女性とすれ違ったりしつつ、駅まで歩きます。前方の空が、だんだんと明るくなってきました。

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