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カテゴリー「写真」の記事

映画「東京シャッターガール」

映画「東京シャッターガール」を初日舞台挨拶の回で鑑賞しました。
昨年、町田で開催された写真展「東京シャッターガール」に参加したのをきっかけに、様々な形で関わりあった作品で、今回も「登場人物が作品内で撮影した写真」という形で写真を提供させていただいております。
自分の名前がエンドロールに流れるという経験を、生まれて初めてしたばかりで、もう客観的には語れないものになってしまっているわけですが、そこを敢えて、努力して感想をまとめてみたいと思います。いつものことですが、作品の内容に触れるネタバレがありますので、未見の方はご注意下さい。

映画は、三編の短編映画からなるオムニバス形式です。
一本目、手塚眞監督「わたしは、シャッターガール」。主演は夏目あおいさん。
二本目、コバヤシモトユキ監督「写真って何?」。主演は田中美麗さん。
三本目、寺内康太郎監督「夢路!お前無茶すんなぁ!」。主演は藤井武美さん。

まずは、手塚眞監督の作品から。
僕が、最初「東京シャッターガール」でショートフィルムを作りたいという話を聞いたのは、今年の一月に池袋「あうるすぽっと」で開催された写真展の巡回展でのことです。
その時にイメージしたのは、漫画の舞台になった東京のあちこちを歩ちゃんが巡っていくイメージフィルムのようなものでした。
この作品の冒頭は、まさしくそんな雰囲気で始まります。
しかし、それはやがて「風」「ぬくもり」などテーマを感じさせる映像に変わってゆきます。写真がテーマの映画なのですが、この辺りの表現は写真的ではなく動画的。
それが歩ちゃんの「命を止めてしまう気がしてシャッターを押せない」という悩みにつながっていくのです。
そして、その悩みを解決するのも、動きがないようでいて、実はその中で色々な命が息づいている夜の街の景色であるわけで、その表現も動画的です。
動画をもってスチル写真を否定し、動画をもって肯定しているわけで、この辺りの表現は、やや分かりにくいかな、と感じました。僕もきちんと理解してる自信がないくらいです。
否定の方は完全に連続している動画で、どこを切り取ってもうまい瞬間を掴めないような映像でしたし、肯定の方はコマ送りの形で、静止の連続で表現しているわけで、その辺りが印象の違いを生み出しているのだと思いますが……。
この辺り「静止」が「動き」を殺してしまう映像とか、「一瞬」が「永遠」を象徴する場面とか、もう少しじっくり描いて欲しかったな…と思うところがありました。

次に、コバヤシモトユキ監督の作品。
「写真って何?」という非常に答の出しにくいテーマを扱っています。監督ご自身も写真家でいらっしゃるので、答の出ないテーマなのだということは重々ご承知の上で作られているのですが、僕の目から見ると、少々盛り込みすぎだな…と感じました。エンドロールの作り方を見ると、色々あって答が出ないというごちゃごちゃ感を、むしろ演出したかったのだとは思うのですが。
テーマ重視でストーリー展開は乏しいのかな…と思っていたら、ラスト近くであっと言わせるどんでん返しがありまして、そのストーリーに乗せる形でテーマを絞って方向性を示す方が、個人的には好みなのです。
屋上で歩ちゃんが、空に向かって必死でシャッター切りまくるシーンとか、すごい好きですし。
さらに、この作品の凄い所は、写真家のハービー山口さんが出演され、様々な写真家とか写真集について語って下さる所です。さきほど「答の出ないテーマなのだということは重々ご承知の上で作られている」と書いたのですが、それはハービーさんがラスト近くで歩ちゃんに向ける視線(いかにも若者を見守ってる風の)で語られていると思うのです。あのシーンもすごく好きで、あれがラストで良かったんじゃないかと思うくらいです。
そのハービーさんのお話にしても、「問いかけ」「絵作り」「ヒント」みたいな感じだったので、ストーリーに合わせて順番を変えても…とか思う部分がありました。
あと、この作品には小森さんという映画のオリジナルキャラがいるのですが、彼の使っているカメラのストラップが、僕が高校~大学時代に使っていたストラップの色違いだし、カバンも僕が大学時代に通学に使っていたもので、すごく懐かしい思いをしながら画面を見ておりました。

最後に、寺内康太郎監督の作品。
漫画の「城南島海浜公園」と「神田」の回のエピソードをうまく取り入れた構成で、タイトルとなった台詞も原作にあるのですが、こちらはかなりシチュエーションを変えてあります。
歩ちゃんの写真に夢中になると周りが見えなくなる、ある意味「危ない」性格を、かなりデフォルメして描いた作品ですが、実際に写真を撮ってる側の心理から言うと、なんか心当たりのあるような感じなのですよね。「あるある」と思いながらクスリとさせられることの多かった一作です。

最初の二作品がかなり重いテーマの話だったので、最後で明るくまとめた構成はなかなかですが、写真を撮ってない人から見て、最初の二話にどのくらい興味が持てたのか、気になる所ではあります。

映画「東京シャッターガール」のサイトはこちら
写真展「TOKYO SHUTTER GIRL:2」のサイトはこちら

「鎌倉百景」

今回の写真展に展示するためにブックを作成しました。
自分の中で一つ大きなテーマがあるとしたら「鎌倉」だと思ったので、それにしぼったブックにしようと思い、
これまで7年かけて(いつの間にかそんなに経ってた!)撮りためた写真から50枚を選びました。

my book のギャラリーで公開していますので、よろしかったらご覧下さい。→こちら

写真展「東京シャッターガール」前半終了

出展者として参加させていただいた「東京シャッターガール」の前半会期が終了しました。
仕事の忙しい時期ではあったのですが、なんとか時間をやりくりして、2週間の会期中、4回ほど会場にお邪魔しました。
平日だったせいか、見に来て下さった方とはそれほど多くお会いすることが出来なかったのですが、その分、ゆっくりお話をして、写真の感想など聞くことができ、とても嬉しかったです。
また、前半・後半の出展者の皆さんが、会場に多く足を運んで下さり、出展側の立場からの迷いや苦労を分かち合ったり、写真やカメラについての話を一緒に楽しんだりと、非常に充実した二週間でした。

写真展「東京シャッターガール」

現在は、18日(日)まで後半会期中です。
僕はこの記事を書いている時点では後半の展示は見ていないのですが、よろしかったら、ぜひ足を運んで下さい。

ゲストフォトグラファーの大村さんと同じ写真展に出展したかったのと、「東京シャッターガール」という漫画が好きだったという、不純な動機で分不相応な写真展に参加してしまった僕ですが、参加決定後に色々と話が大きくなりまして、少々ビビっております(笑)
この後、2回巡回展の予定がありまして、
まずは、12月7日(金)~9日(日)。渋谷西武本店の西武ギャラリー。
また、年明けの1月5日(土)~14日(日)。豊島区の「あうるすぽっと」という劇場のホワイエを使って展示をします。
よろしければ、こちらもお立ち寄り下さい。

前半の展示が終わったので、自分が出展した写真を3枚ほど載せておきます。
巡回展があるので、一番お気に入りの写真は、まだ秘密です(笑)。

東京SG0502

東京SG03

東京SG02

写真展「東京シャッターガール」

週刊漫画ゴラクで不定期連載中の「東京シャッターガール」というマンガがあります。
その「東京シャッターガール」にちなんだ写真展が、町田にある SIGHT BOX GALLERYさんで開催されます。
僕も、出展者の一人として参加しています。
もし、お時間がありましたら、ぜひお立ち寄り下さいませ。

公式特設ページはこちら

「全紙写真展 OTHELLO」

7月20日、名古屋の大須で開催された「全紙写真展 OTHELLO」に行ってきました。
公式ブログはこちらです。

平日の昼過ぎにお邪魔したのであまり混雑しておらず、一時は主催側のお三方以外には僕だけという時間もありました。
そのため、12枚の展示と6名の出展者のブックを1時間以上かけてじっくりと拝見することができました。
アンケートの欄いっぱいに感想を書かせていただきましたが、それでも足りないくらい、いろんなことを感じました。

まず、全体的な印象から。
6名の出展者の方達の引き出しが、本当に多いなぁと思いました。全紙で展示している「陰」「陽」の二枚、出展者の方がそれぞれ作成したブック、「オセロガイドブック」で紹介されている写真と、三つの媒体があったのですが、6名の方がそれぞれの媒体で切り取り方が違うんですよね。極端な話「これ本当に同じ人が撮った作品?」と思いたくなるくらいです。それは、自分の「好み」に即した一つの傾向の写真しか撮影することができないということではなく、テーマによって表現の方向性を意識し、それに合わせて技術を使いこなし、計算通りの写真を撮影できる力量があるということなのだと思うのです。
また、「陰と陽」が写真展のテーマなのですが、何が「陰」で何が「陽」なのかっていうのも難しいですよね。テーマ・色彩・光の具合・被写体の感情・撮影者の感情、いろんなものがあります。その辺りも6人6様で面白かったです。

個人的に特に好きなのは、あるさんと大村さんの写真でした。お二方の写真は、どちらかが陰だけでどちらかが陽だけという感じではなく、一枚の中に陽と蔭の両方があって、両方あることで双方が対照的に強調されている感じがするのです。

さて、実は今回一番楽しみにしていたのは大村さんの「読書感想写真」のブックです。大村さんのブログで、今回の写真展に「読書感想写真」のブックを出すという予告があったのですが、僕は写真と同じくらい(かそれ以上に)小説や漫画を愛しているので、それをどんな風に写真にするのか、とても気になっていたのです。
うまく考えがまとまらなくて写真展のアンケートでは触れられなかったので、少し詳しく(シツコイとも言う)書いてみたいと思います。

たくさんの写真の中で、一番印象に残ったのは、「ホモとヘテロの境界…」という文章(どの小説の一節だったのか忘れてしまった…すみません)につけられていた組写真。被写体の女の子の視線が、一枚は下向きで、一枚はカメラ目線なんですよね。下向きの目線が境界があることへの悲しみだとすると、カメラ目線は境界の反対側にいる誰かを求めても得られないもどかしさ、みたいなものでしょうか。二つの感情が見事に対照されていたように思います。
もう一つ印象に残ったのは、村上春樹さんの「ねじまき鳥クロニクル」の「それは一揃いの骨格と、消化器と心臓と脳と生殖器を備えた、ただの生温かい肉塊だった」という一節についての写真。大村さんはここで、不気味さとか無秩序さとかを感じさせる写真をつけています。大村さんの作品には廃墟を扱った写真も多くて、それもやはり同じ系統の写真なのではないかと勝手に思っています。僕は、この一節を「肉体と精神の対比」として考え、そしてあえて肉体を強調するのは、精神やイメージといったものに振り回されがちであることへのアンチテーゼと取っていました。僕の捉え方が「精神ではないもの」という引き算的なものであるならば、大村さんの方は物質としての存在感を足し算的に(というか、無理矢理ねじ込むくらいの強烈さを伴ってますね)捉えている感じです。
一方、「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」のララァの「美しいものが嫌いな人がいるのかしら?」では、ストレートに美しいものを押し出しています。僕は、死にゆく白鳥に対する哀しみを中心に捉えてしまうのですが、考えてみれば、ララァの台詞も煮えきらないアムロへの苛立ちの部分もあるわけで、「この美しさを見よ!」みたいな迫力があっても良いわけですよね。

普通、好きな写真っていうのは「自分が撮る写真に似てる写真」とか「自分もこう撮りたいなぁとあこがれる写真」なのだと思います。が、大村さんの写真は、自分でも思ってみない方向から思ってもみない一撃を食らわしてくれるような、そんな写真であることが多いのです。
そして、まずは小川洋子さんと森博嗣さんの作品は読まないとな、と思ったのでした。

ナチュラ倶楽部写真展「大全集」

ネット上のお友達が参加しているので、写真展を見に行きました。
(ナチュラ倶楽部のブログはこちら

フジフイルムのコンパクトカメラ「ナチュラ」で撮った写真を全紙サイズで展示する写真展です。
ナチュラのコンセプトから「日常スナップ系」の作品が多いのだろうなぁというイメージがあったのですが、展示されていた作品の幅は思った以上に広く、また「ナチュラで撮った」ということを除いても、見応えのある写真が多かったように思います。

全紙に伸ばしてしまうと、小さいプリントではわからなかったいろいろなアラ(ピントのズレ、手ブレや被写体ブレ、プリント時の露出補正による色ズレ、レンズの描写破綻など)が見えてしまいます。そういう部分が皆無だったわけではないのですが、コンパクトカメラで撮ったとは思えないような描写の写真が思った以上に多かったです。
というわけで、写真を見ながら最初に思ったのは「ナチュラでもここまで撮れるんだ!」ということなのですが、果たしてそういう感想でいいのかな、という気持ちもありました。その一つは「ナチュラでも」という言い方が、すでにナチュラを格下と見なしているという点です。さらに「ナチュラでもここまで撮れるんだ」という主張すること自体が、そういう意識から来るもので、そこを展示する側がどう捉えているのかな、という気持ちもありました。さらに「ナチュラでも撮れる」ということは、「ナチュラ以外の機材でも撮れる」ということですし、むしろコントロールのきかない(絞りやシャッタースピード、ピント位置などがオートで決まる)ナチュラで撮るのは難しいわけです。そうなると、意識してカメラを持ち歩くような場面(それなりの機材が用意できる場面)では、ナチュラの意義は薄れてしまうな、という考えがあったのです。だから、自分だったら、「ナチュラでもこれだけ撮れるのならナチュラを買おう」ではなく、頑張ってコントロールのきく機材を持っていこうと考えるだろうなと思いました。だから、先ほど書いた「ナチュラだから日常系スナップ」というのは、ナチュラではそれしか撮れないだろうということではなく「ナチュラだから撮れる」ということを強調するなら、その方向が一番説得力があるだろう、という意味なのです。

ナチュラ倶楽部の主催者の方がいらしたので、その辺りの疑問を直接伝えてみたのですが、お話をした感じでは、「ナチュラでも撮れる」というコンセプトの問題点はふまえた上で、「だから」ではなく「でも」の方に意識を置いた展示だという印象でした。ナチュラは確かに初心者向けという位置づけのカメラで、そこからフィルムカメラに入る人が非常に多いけれども、何年かすると「卒業」してしまう人が多くて残念だと。気軽にシャッターが押せ、そこそこの実力があり、失敗の少ないカメラなので、他の機材と一緒に持ち歩いても使い分けができる、というお話でした。

僕の機材に関していうと、サブカメラ的な位置にあるのはコンパクトデジカメです。フィルムカメラだといつ現像に出せるかわからないし、ネガの整理も大変ですが、コンパクトデジカメなら数枚しか撮らなくてもすぐに画像が手に入ります。でも、コンパクトデジカメの撮影素子の大きさだと、背景をぼかして立体感を出す、あるいは中心となる被写体を目立たせるといったテクニックを使うのが難しくなります。ナチュラは35mm版のカメラですから、そういった描写も可能です。フォーマットとしては、デジカメだとフラッグシップ機になってしまうフルサイズ機と同等なのです。

「ナチュラだから撮れる写真」「ナチュラでも撮れる写真」「35mmフォーマットだから撮れる写真」「フィルムだから撮れる写真」色々なことを考えさせられた写真展でした。
僕は機材を語るのが好きなので、機材とそれに付随する撮影の幅についてばかり書いてしまいましたが、冒頭に書いたように、内容的にも見応えのある写真が多いです。この場合の見応えというのは、写した人が何を思って写真を撮ったか伝わる写真ということ。それに全紙で見る写真には、やはり迫力があります。気持ちの伝わる写真を堪能したい方に、ぜひオススメです。

ほのかたび

ほのかたび 02

ほのかたび 03


鉄道写真家・中井精也さんの写真展「ほのかたび」を見てきました。
中井さんの写真展にお邪魔するのは、「一日一鉄」、「ゆる鉄」に続いて3回目。中井さんにお会いするのは、CP+のセミナーもふくめて4回目です。尤も、今回はちょうど吉村和敏さんがいらしてて、お二人でお話されていたので、お声をかけられなかったんですが…
今回の写真展のコンセプトは、ペンタックスのデジカメに搭載されている「ほのか」というカラーモードを使って撮影したものを集めるというものでした。コントラストが低めの淡い発色で、ちょうどポートラNCみたいな色と言えばわかりやすいでしょうか。
会場で中井さんが他の方と話しているのを聞いて知ったのですが、645Dにも「ほのか」が入ってるんだそうです。初心者向けのカメラにだけ搭載するのではなく、このレベルのカメラにも搭載するというのは、ペンタックスの本気度がうかがえます。カラーモードの切り替えで自分の思う色を作り出す機能は、これからますます充実していくのでしょうね。デジタル一本で、僕のようなフィルム派の人間をうならせる作品を発表し続ける中井さんの写真を拝見する度に、フィルムにこだわる意味がどこまであるのかと感じさせられます。
さて、今回の写真展のもう一つのコンセプトは「テーマソングのある写真展」。会場にはオオゼキタクさんの歌が流れていました。これが、乗り鉄の旅情を刺激するような良い歌で、思わず会場で売っていたCDを購入してしまいました。中井さんはCP+のセミナーの時にも音楽を使ったスライドショーを上映されていました。僕は、個人的に自分のペースで写真を見られないスライドショーって好きではないのですが、そういう写真の使い方をプロの方が提示することって大事だと思うんですよね。これから生活の中にどう写真が使われていくのかを考える時、デジタルフォトフレームの普及や大型液晶テレビの機能なども考えると、環境映像としての役割が大きくなっていくのではないかと思います。プリントしてアルバムに入れるだけではない写真の利用法が浸透していけば、一般の人が写真に触れる比率があがるでしょう。プロにとって、自分の写真にどれだけ商品価値があるかは、それを求める人の数によって左右される部分があります。ただ作品として良い物をというだけでなく、それがどう受け入れれるかという点に目配りしている姿勢にも、大いに感心させられるのです。

プリモフレックス その後 Part2

今度は、12月の中旬に撮ったアメ横の写真。
僕にしては珍しく、モノクロを使ってみました。
でも、この時使ったプレスト400の120は、なくなってしまうんですよね…

アメ横 プリモ編 01


アメ横 プリモ編 02


アメ横 プリモ編 03

実は、この時、何枚か、目測でピントを合わせて撮るスナップショットを試してみたのですが、
なかなかよい感じだったのです。
周りの人がカメラを意識しないので、ふみこんだ写真が撮れるし、カメラを構えるまでの時間が短いので、
シャッターチャンスにも反応しやすかった気がします。
こうして、ますます二眼にのめりこんでいくという…(笑)

プリモフレックス その後 Part1

最近、「二眼レフ」「プリモフレックス」の検索で来てくれる方が増えています。
そういえば、プリモフレックスのレストアの記事を書いた後、結果を書いていなかったなぁ、と反省。

レンズをきちんと清掃した後に撮った写真を何枚かご紹介しておきます。
まずは、2010年の元旦に、地元のお地蔵さまと鎌倉の鶴岡八幡宮に初詣に行った時の写真です。

境木地蔵尊 プリモ編 02


初詣の参道 プリモ編

写真をご覧いただければお分かりのように、素人整備にしては、よく写ります。

フジフイルムが写真用フィルムを縮小

少し前にナショナルフォートでフライング発表のあった、フジフイルムのディスコン情報。
フジのホームページでも確認できます。
「お知らせ」という形でまとまってないので、わかりづらいですが…

モノクロ
http://fujifilm.jp/personal/jan/monochrome/film.html
カラーネガ
http://fujifilm.jp/personal/jan/color/35mm.html
プロ用カラーネガ
http://fujifilm.jp/personal/jan/color/professional.html
リバーサル
http://fujifilm.jp/personal/jan/reversal.html

24枚撮りなどの枚数のラインナップと、本数パック販売の整理が中心のようです。
それでも、プレスト400の120、プロ160NCの120は、なくなってしまいます。
常用しているプロ400と、たまに使うプロ160NSが残ってくれたので、個人的には被害は少ないですが、なんか、こう、真綿で首を絞められているような感じはしますね…

最初に話が出た時には、製造中止かと思って目を疑い、ネットで情報を集めてみたのですが、
騒ぎになっているのはごく一部で、思ったより反響がないんですよね。
まあ、実質的に影響がでるのは、カラーネガを中判で使っている層だけなので、今の写真の状況を考えると、
ごく一部の人間だけなのでしょうが、僕は、ずばり、その層にあてはまるので……

我ながらマイナー路線を歩んでいるのは自覚しているので、あまり多くは望みませんが、プロ400のネガだけは無くなってくれませんように…

より以前の記事一覧