ナチュラ倶楽部写真展「大全集」
ネット上のお友達が参加しているので、写真展を見に行きました。
(ナチュラ倶楽部のブログはこちら)
フジフイルムのコンパクトカメラ「ナチュラ」で撮った写真を全紙サイズで展示する写真展です。
ナチュラのコンセプトから「日常スナップ系」の作品が多いのだろうなぁというイメージがあったのですが、展示されていた作品の幅は思った以上に広く、また「ナチュラで撮った」ということを除いても、見応えのある写真が多かったように思います。
全紙に伸ばしてしまうと、小さいプリントではわからなかったいろいろなアラ(ピントのズレ、手ブレや被写体ブレ、プリント時の露出補正による色ズレ、レンズの描写破綻など)が見えてしまいます。そういう部分が皆無だったわけではないのですが、コンパクトカメラで撮ったとは思えないような描写の写真が思った以上に多かったです。
というわけで、写真を見ながら最初に思ったのは「ナチュラでもここまで撮れるんだ!」ということなのですが、果たしてそういう感想でいいのかな、という気持ちもありました。その一つは「ナチュラでも」という言い方が、すでにナチュラを格下と見なしているという点です。さらに「ナチュラでもここまで撮れるんだ」という主張すること自体が、そういう意識から来るもので、そこを展示する側がどう捉えているのかな、という気持ちもありました。さらに「ナチュラでも撮れる」ということは、「ナチュラ以外の機材でも撮れる」ということですし、むしろコントロールのきかない(絞りやシャッタースピード、ピント位置などがオートで決まる)ナチュラで撮るのは難しいわけです。そうなると、意識してカメラを持ち歩くような場面(それなりの機材が用意できる場面)では、ナチュラの意義は薄れてしまうな、という考えがあったのです。だから、自分だったら、「ナチュラでもこれだけ撮れるのならナチュラを買おう」ではなく、頑張ってコントロールのきく機材を持っていこうと考えるだろうなと思いました。だから、先ほど書いた「ナチュラだから日常系スナップ」というのは、ナチュラではそれしか撮れないだろうということではなく「ナチュラだから撮れる」ということを強調するなら、その方向が一番説得力があるだろう、という意味なのです。
ナチュラ倶楽部の主催者の方がいらしたので、その辺りの疑問を直接伝えてみたのですが、お話をした感じでは、「ナチュラでも撮れる」というコンセプトの問題点はふまえた上で、「だから」ではなく「でも」の方に意識を置いた展示だという印象でした。ナチュラは確かに初心者向けという位置づけのカメラで、そこからフィルムカメラに入る人が非常に多いけれども、何年かすると「卒業」してしまう人が多くて残念だと。気軽にシャッターが押せ、そこそこの実力があり、失敗の少ないカメラなので、他の機材と一緒に持ち歩いても使い分けができる、というお話でした。
僕の機材に関していうと、サブカメラ的な位置にあるのはコンパクトデジカメです。フィルムカメラだといつ現像に出せるかわからないし、ネガの整理も大変ですが、コンパクトデジカメなら数枚しか撮らなくてもすぐに画像が手に入ります。でも、コンパクトデジカメの撮影素子の大きさだと、背景をぼかして立体感を出す、あるいは中心となる被写体を目立たせるといったテクニックを使うのが難しくなります。ナチュラは35mm版のカメラですから、そういった描写も可能です。フォーマットとしては、デジカメだとフラッグシップ機になってしまうフルサイズ機と同等なのです。
「ナチュラだから撮れる写真」「ナチュラでも撮れる写真」「35mmフォーマットだから撮れる写真」「フィルムだから撮れる写真」色々なことを考えさせられた写真展でした。
僕は機材を語るのが好きなので、機材とそれに付随する撮影の幅についてばかり書いてしまいましたが、冒頭に書いたように、内容的にも見応えのある写真が多いです。この場合の見応えというのは、写した人が何を思って写真を撮ったか伝わる写真ということ。それに全紙で見る写真には、やはり迫力があります。気持ちの伝わる写真を堪能したい方に、ぜひオススメです。
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